第333話 米沢の乱

伊達稙宗の三男である伊達実元だてさねもとの下に一人の男が訪ねてきていた。

男は黒い布で顔を隠している。

伊達家が使う忍びの頭であった。

「実元様。全ての手筈が整いました」

突如現れいきなり話をする男に対し、伊達実元は騒ぐこともなく平然としている。

「父上の申した通りになっているのか」

「はっ、稙宗様のご指示通りに全ての手筈が整いました」

「分かった。気が重いがやらねばならん。やらねば伊達家が終わる。いや、この奥州が血で染まることになる。兄の無謀な策でお前の手の者たちの多くが紀州で散る事になってしまった。すまぬことをした」

「もはや過ぎたことでございます」

男は淡々と感情を見せることなく答える。

「中野宗時はどうなっている」

「大阪城で幕府から5日以内に晴宗様を上洛させて申し開きせよと厳命されそうで、できなければ幕府軍15万で攻めると言われそうです。今頃は途方に暮れながら必死にこちらに向かっている頃でしょう」

「普通の者には大阪城と奥州を5日で往復は出来ないだろう。中野は時間稼ぎに出向いて、時間稼ぎどころか最後通告を突きつけられてしまうとは、愚かなことだ。天下の情勢がまるで見えておらん」

「実元様ならどうされます」

「ハハハハ・・・儂なら恥も外聞もなくすぐに大阪まで出向いて泣き落としで土下座だな。犬になれと言われたら庭を這いずりまわりワンと鳴いてやるさ。武士の誇りでは飯は食えん。それで全てが治まるなら安いものだ」

「なるほど」

「兄はどうしている」

「米沢城で籠城の準備をしております」

「周りは敵だらけ、味方もいないのに籠城か」

「兵糧をかき集めているようです」

「父上を追い落とした時と同じだ。皆を危険に晒し、何がやりたいのだ。既に幕府は威光を取り戻し全国の大名を従えた。この状況で何をしたいのかまるで分からん」

「我らの手で決着をつけねば、最上が米沢を狙うでしょう」

「最上か、確かに静かに虎視眈々と米沢を狙っているな。最上が動く前に蹴りをつけるか。手勢はどうなっている」

「米沢城内には我らに呼応する者達のみとなっています」」

「ならば、賊を捕らえに行くとするか」

伊達実元は護衛の手勢を引き連れて米沢城に向かった。



米沢城には多くの兵糧が運び込まれていた。

そんな中を悠然と伊達実元は歩いている。

「おお、実元ではないか」

「兄上。着々と準備を進めているようで」

伊達家現当主伊達晴宗が実元を見つけ声をかけてきた。

「どれほどの大軍で押し寄せてこようとも跳ね返してみせる」

「かなりの大軍になります。勝てるのですか」

「素直に幕府に従っている者達ばかりでは無い。我らの城を落とせなければやがて綻びが見えてくる。そうなれば反乱の火の手があちらこちらから上がることになるはずだ」

「兄上、北からは安東。西からは上杉と最上。南からは上杉・北関東の大名と東海の大名達。この状況で籠城をまだするつもりなのですか。奥州の他の大名は全て幕府に付きました。まさに孤立無援。勝てる見込みはありません。もう目を覚ますべきです」

「何を言う。戦ってみなければ分からんであろう」

「それは、相手が油断していればの話。大軍相手に小勢が勝つには、相手が油断していることが前提でしょう。幕府管領様は油断とは縁遠い方と聞きます。そのような方を相手にどのように戦うのです。無駄に多くの家臣達を死なせるだけ。素直に幕府に従いましょう。まだ、ギリギリ間に合うかもしれません」

伊達実元の言葉聞いた伊達晴宗は怒りの表情を見せる。

「貴様まで、父と同じく儂を無能扱いするのか」

「無能とは申しておりません。幕府に頭を下げるべきであると申しております。父上も兄上を無能などとは言っておりません」

「父上の目が、お前の目が儂を無能と言っている。だいたい、父上はいつまでも儂に家督を渡さずにいた。他の弟達には多くの便宜を図るくせに、儂には家督を渡さずいつまでもそのままだ。それなのに次男の義宣には、奥州探題であった名門大崎家を与えた。無能だと言っているのと同じではないか」

「そのようなことは」

「無理やり家督を手に入れたが、それと引き換えに伊達家は多くのものを失った。領地・権利・家臣。父上やお前達の見立て通りになった訳だ。儂の無能が証明できて満足であろう」

「兄上。まだ間に合います」

周囲にはいつの間にか米沢城の家臣達が集まってきていた。

「お前達。実元を捉えよ」

家臣達は動こうとしない。

「何をしている。奴を捉えよ」

動かぬ家臣達に指示を出す伊達晴宗を見つめる伊達実元。

「兄上。申し訳ありません。皆の者。伊達晴宗を捉えよ」

伊達実元の言葉を合図に一斉に伊達晴宗を歯がいじめにして刀を取り上げる。

「何をする。貴様ら」

「兄上。伊達家、家臣達、領民のためです。奥にてお静かにお過ごしください」

「貴様、謀ったのか!」

「お連れしろ」

大声で叫ぶ伊達晴宗は城の奥へと連れて行かれ幽閉されるのであった。

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