第325話 破綻
上杉勢の反撃を受けて、六角の軍勢は必死に防戦していた。
最初は奇襲攻撃で上杉本陣を背後から襲い、圧倒的有利な状況で上杉晴景の首を上げるのは時間の問題のはずであった。
だが、いっこうに敵の守りを打ち破れず、時間だけが虚しく過ぎて行く。
上杉側の必死の守りを打ち破れずにいた所に、上杉側からの反撃が始まる。
二人の武将による死をも恐れぬ戦いぶりを目の当たりにした上杉の兵達は、感化されるように次々と猛然と槍を振るい、刀を振い六角の兵達を圧倒し始めた。
上杉勢の奮戦に六角の兵達は無意識に後ろに下がっていき、気がつけば本陣直近まで押し返されていた。
信じ難い状況に
そんな承禎の目の前に黒い布で顔を隠した一人の男が現れた。
「三郎」
六角家が抱える甲賀忍びの筆頭である望月出雲守こと甲賀三郎であった。
「承禎様、このままでは本陣の守りが破られるのは時間の問題。お逃げください」
「馬鹿な、なぜだ」
承禎は、自らの策が破れたことが理解できなかった。
「全ては儂の考えた通りに動いていた。上杉と幕府軍を紀州奥深くに誘い込み、我が軍勢が上杉本陣に背後から奇襲を掛け、混乱状態の上杉本陣に幕府軍として送り込んでいた奥州の忍びによる強襲。トドメに、根来衆の中でも選りすぐりの狙撃兵たちの特製鉄砲5挺による狙撃。全てが考えていた通りに動いた。それなのに失敗したというのか。ありえん。ありえんありえん。そんなはずがあるか」
「殿。お急ぎください。このままでは危険です」
甲賀三郎は、興奮している承禎に冷静に言葉を投げかける。
「何かの間違いであろう」
「全ての策は失敗に終わりました。上杉晴景は無事。自ら軍勢を指揮しております」
「奴は一体なんなのだ」
「幕府軍に潜ませていた草からの報告では、上杉晴景は奥州の腕ききの忍び三名を自ら斬り捨てたそうです。その腕前は信じられないほどの凄まじさであったとの事。さらに、根来衆の狙撃は今川義元が身を挺して防いだそうです」
「今川義元が身を挺してだと、馬鹿な奴は東海一の弓取と呼ばれる大名だぞ。そんな男が自らを犠牲にして他人を助けるはずがあるか」
「ですが、事実でございます」
甲賀三郎は終始淡々と言葉を交わし報告をしている。
甲賀三郎からしたらそもそも無理があり過ぎた策であり、失敗したらさっさと撤退して次に備えるのが常道と考えていた。
奇策で挑むのなら全て失敗した場合も考えておくべきであり、忍びならば全て失敗した場合を考えて行動する。
成功したことしか考えていな時点ですでに策ではないと思っていた。
「殿。ご決断を!このまま最後まで戦いますか。撤退いたしますか。戦い続けるなら覚悟を決めねばなりません」
選択を迫る甲賀三郎の言葉に苦渋の表情をする承禎。
「ひっくり返すことはできんのか」
「もはや上杉勢は動揺しておりません。乱れた陣立もすでに立て直し、他の幕府軍の大名達の軍勢が支援に続々と集結してきております。さらに、あの上杉晴景自らが指揮を取り出した以上は、勝ち目はないと思われます」
甲賀三郎の言葉が終わると同時に六角家本陣後方に大砲が撃ち込まれ始めた。
その衝撃に思わず床几から転がり落ちる承禎。
「こ・・これは」
「上杉家が誇る大砲による攻撃。この大砲の威力は、上杉家の鍛治職人が作り出したものしか出せません。他の鍛治職人の里では、ここまでの威力は出せないと聞いております」
「上杉の大砲だと」
「上杉家が大砲を使い出したら、いよいよ本気でここに攻め込んできます。如何されます」
「だ・・だが・・」
「このままでは退路も絶たれ、袋のネズミとなります。よろしいので」
淡々と事実を突きつけていく甲賀三郎の言葉に
「撤退だ」
「よろしいので」
「もはや策は尽きた。撤退しかない」
「承知いたしました。速やかに陣払いをされ、できるだけ最短で近江に戻りましょう。我ら甲賀衆が近江国までは案内いたします」
「分かった。任せる」
六角勢は、怒れる上杉勢の猛攻の前に攻撃を防ぎながら撤退をする難しい状況に陥った。
そして、しだいに数を減らし、承禎とともに戦線を離脱できたのは千名を切っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます