第326話 背信棄義

承禎達千名が山中を抜け近江に入るまでの間、農民達による落武者狩りが襲いかかってきていた。

この時代の農民は、農民とは言えども皆武器を持っている。

農民だからといって弱い訳ではない。

戦となれば足軽として戦い、戦となった場所から手に入るもの全てを略奪する盗賊のような顔も持っていた。

刀・槍・弓だけでは無く、場合によっては鉄砲まで隠し持っている農民もいる。

承禎が敗れた話は瞬く間に周辺に流れ、落武者狩りたちがしつこく付き纏い、隙を見せれば襲いかかってくる。

「クッソ・・しつこい奴らだ」

承禎自らも槍を振るい落武者がりを追い払っていた。

承禎について来ている家臣達も、必死に落武者狩りを討ち取り追い払っていた。

落武者狩りは、追い払っても追い払っても、離れたところからジッと様子を伺っていた。

「奴らは、ハエのように追い払っても追い払って近づいてきやがる」

家臣達のイラつくような呟きが聞こえてくる。

承禎は、僅かに生き残った家臣と甲賀衆に守られながら、山中を進んでいく。

「殿。ようやく近江でございます」

「ようやくか」

「承禎様」

「三郎。どうした」

「我ら甲賀衆はここまででございます」

「何を言っているのだ」

「紀州でお約束したのは、近江までお連れすること。それは、先代定頼様のご恩に報いるため。近江に着いた以上は、ここから先は六角家の内輪のことになります。それゆえ我らはここまでとなります」

「何を言っている」

「義治様と話され今後のことをお決めになされませ。ただ、義治様は話し合いをするつもりはないようでございます。それでは、御免」

甲賀三郎が姿を消すと他の甲賀衆も姿を消していた。

しばらくすると近づいてくる軍勢が見えた。

承禎達に緊張が走る。

その軍勢を率いているのは、蒲生賢秀がもうかたひで

承禎の六角家での謀反を上杉晴景に知らせた蒲生定秀の嫡男であった。

この蒲生賢秀が後の名将蒲生氏郷の父である。

「おお・・賢秀ではないか、出迎え大儀」

蒲生賢秀の軍勢は、何も言わず槍を承禎達に向けたままであった。

「賢秀。なぜ馬に乗ったままでいるのだ。しかも軍勢が槍をこちらに向けたままではないか。観音寺城に戻る。警護致せ」

「何か勘違いされていようだ」

蒲生賢秀は冷たい目で言い放つ。

「何を言ってるのだ」

「六角家の御当主は六角義治様。その義治様を幽閉し、勝手に軍勢を動かし、さらに幕府を裏切り幕府管領上杉晴景様暗殺を企む所業は許し難し」

「何を言っている。儂を誰だと・・・」

「ただの罪人にすぎん」

「な・なんだと」

「間も無く幕府の軍勢がここにくるでしょう。報告では管領上杉晴景様自ら選り抜きの精鋭を選び、討伐軍を率いてこちらに向かっているそうです。我らは、幕府軍が来るまでに謀反人を処罰しなくてはなりません。そうでなければ、六角家・・いや、近江が終わります」

「ふざけるな。六角家は儂のものだ。儂の指示に従え」

「管領様が討伐軍を他の武将に任せずに、自ら軍勢を率いて来るのですよ。報告では、あの温厚な管領様が大変なお怒りと聞き及んでおります。何をやったのです」

「うるさい。だまれ。蒲生の倅を斬り捨てろ」

六角家の家臣達は誰も動こうとしない。

「何をしている。奴を斬り捨てろ。斬らんか」

怒りをぶちまけ騒ぐ承禎に従う者たちはいなかった。

「他の者達はどうやら六角家と近江国が置かれている立場が分かったようです。そこの罪人を捉えよ」

承禎の周辺にいた家臣達が承禎を羽交締めにして押さえ込む。

「離せ、貴様!」

蒲生賢秀は馬を降り、ゆっくりと承禎に近づいていく。

「今の状況を理解されていないのは、あなただけのようだ」

蒲生賢秀は腰の刀を抜くと一気に振り抜き、承禎の首を刎ねた。

そこに甲賀三郎がやって来た。

「間も無く幕府軍がくる」

「三郎殿すまんな。あとは儂が相手をする。承禎様の首一つで許していただけるか分からん。儂の首も差し出す覚悟がいるかもしれん」

「賢秀殿」

「どうやら来たようだ」


上杉晴景率いる討伐軍が近江国に入ると、蒲生賢秀他六角家の家臣達は地面に正座して幕府軍を迎えた。

敵意がないことを見せるため、刀は鞘ごと右側に置く。

槍には槍先のカバーとも言える‘’穂鞘ほさや‘’をつけてある。

そこに柿崎景家が近づいていく。

「上杉家家臣柿崎景家と申す」

「蒲生定秀が嫡男蒲生賢秀と申します」

「おお、蒲生定秀殿のお身内で、貴殿の父上のお陰で晴景様が助かりましたぞ」

「ありがたきお言葉、ぜひ、幕府管領上杉晴景様に申し上げたきことがございます」

柿崎景家は六角家の家臣達を見渡す。

「よかろう。蒲生殿のお身内であれば問題あるまい。蒲生殿付いてこられよ」

柿崎景家の後を付いていくと床几に座る上杉晴景の前に案内された。

「蒲生賢秀殿と申します」

「幕府管領上杉晴景である。此度はお主の父のお陰で難を逃れた。礼を言う」

「もったいないお言葉・・・そのお姿は」

上杉晴景の着物は血まみれのままであった。

「これは、儂を守って死んだ我が友である今川義元殿の血だ」

蒲生賢秀は、その言葉を聞き全てを察した。

上杉晴景と今川義元の強い友誼で結ばれていると噂で聞いていた。

友を失った怒りであったのだと、同時に友の死にそこまで怒ることのできる関係が羨ましくも思えた。

「申し訳ございません。謀反人である承禎はつい先程我らの手で討ち取りました。これがその首となります。ご見聞を」

蒲生賢秀は包みを前に出し、結びを解いてみせた。

「間違いない。承禎の首だ。蒲生賢秀の働きは見事である。この首は今川家に渡すぞ」

「問題ございません」

「幽閉されていた義治はどうなっている」

「狭い牢屋に幽閉されていたため、足腰が弱っており、観音寺城にて静養しております」

「承知した。だが、六角家は謀反を許し、幕府軍に損害を与えたのだ。何らかの処分を下さねばならん。そうでなくては示しがつかぬ。だが、六角家が自らの手で処断したことは評価する」

「ありがとうございます。主の六角義治様も幕府の裁定には従うと申しております」

「承知した。裁定は後ほど伝えるとする。大阪城に引き上げる」

討伐軍は、一斉に大阪に向けて引き上げていった。

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