第324話 さらば・・友よ
上杉勢は味方と思っていた六角勢の攻撃に背後から晒されていた。
突然のことで自慢の鉄砲が使えぬ状態のまま乱戦になっていた。
「六角を生かして返すな、日頃の剣術の訓練、長槍の訓練の成果を見せてみろ」
柿崎景家の声が上杉の家中に響き渡る。
「景家。久しぶりに槍働きを見せるとするか。鉄砲ばかりで鈍っているのではないか」
宇佐美定満はふてぶてしい笑顔を見せていた。
「フッ・宇佐美殿。それは愚問でしょう。我ら晴景様の家臣たちで遅れをとる者は一人もいない」
「こんな時なのに、なぜが血が沸き立つ」
「宇佐美殿も生粋のいくさ人ですな」
「違いない。ならば、我らも参るか」
「六角は我らをわかっておらん。鉄砲を封じれば勝てると思っているのでしょう」
「それが間違いであることを奴らに刻み込んでやろう」
2人の修羅が戦場に踊り込んでいく。
2人の修羅が振るう槍が敵兵を斬り倒して行く。
全身に返り血を浴び、槍も刀も真っ赤に染まった2匹の修羅を先頭に上杉の軍勢は徐々に六角勢を圧倒していく。
最初こそ不意打ちを受けたため、上杉勢は押し込まれて不利であったが、六角勢は気がつけば逆に自軍本陣まで押し込まれてきていた。
次第に六角の足軽たちが浮き足立ち始めた。
「なんなんだ。こいつらおかしいぞ」
「不意打ちで有利だったのになんで自軍本陣まで押し込まれてるんだよ」
「化け物だ。あいつら揃って化け物だ」
山中から紀州国衆が攻め降りて来た。
上杉勢の横でも戦いが始まった。
晴景の本陣に紀州国衆が数名飛び込んで来る。
晴景は、居合い抜きで一人を斬り捨てた。
敵の一人が苦無を投げ、その隙に切り掛かって来るが、晴景は冷静にこれも一太刀で斬り捨てる。
目の前にいるのはあと一人。
「貴様ら奥州の忍びか」
晴景の言葉に一瞬だけわずかに表情が動いた。
その一人も晴景に襲い掛かるが袈裟懸けに切り捨てられた。
敵の乱入で本陣の周囲に張ってあった幕は全て地面に引き下ろされ土に塗れている。
今川義元らは晴景の剣術の腕前に驚いていた。
「腕が立つことは分かっていたがこれほどとは」
今川義元がゆっくりと晴景のもとに歩いていく時、その目に遠方の木陰に中に光る物を見つけた。
「晴景!鉄砲だ」
今川義元が走り、上杉晴景の前に射線を塞ぐように立った。
その瞬間、数発の鉄砲の音が鳴り響く。
通常の鉄砲の射程よりも、かなり先である遠距離から、上杉晴景一人を狙った狙撃であった。
いくつもの鉄砲の玉が今川義元の身体を貫いていた。
上杉晴景に体を預けるように、後ろにゆっくりと倒れていく今川義元。
「義元!」
倒れる今川義元を受け止める。
「馬鹿野郎。俺を庇う奴があるか、医者だ。医者を呼んでくれ」
「ゴホッ・・・最後に・しくじったな」
身体中からおびただしいほどの血を流し、口からも血が流れている。
「いま医者が来る」
「無理だ・・・この傷・・助からん」
「何で俺の前に飛び出した」
「さあ・・・わ・分・・からん。お前なら・・狙われた・・・友を見捨てるのか・・そんな訳ないだろう」
「こんなときでも、俺を友と呼んでくれるのか」
上杉晴景の目からはとめどなく涙が流れていた。
「大将が・・泣くな」
「汗だよ。俺は汗っかきなのさ」
「フッ・・・頼みが・ある」
「何だ」
「氏真を・・頼む。あいつは・・・
「ああ、いつも自慢していたな。お主と会うたびにしつこいぐらいに自慢していたな」
「だが・・・武将として・・・未熟・だ」
「そんなことは無い。東海一の弓取の倅だ。その血は受けつでいる。氏真も東海一の弓取と呼ばれるさ」
「そ・・そう・か・・ゴホッ・・・・お主は・・不思議なやつだ・・・これほど・・・力があるのに・・・欲が無い・・・・・」
そこに医師が駆けつけてくるが今川義元のあまりの出血量に、晴景に向かって首を横に振るのであった。
「頼む、義元の血を止めてくれ、お願いだ。血を止めてくれ。義元はまだ儂とやり遂げねばならんことがある。ここで死なせないでくれ。血を止めてくれ、頼むから血を止めてくれ!!!」
しだいに義元の体が冷たくなっていく。
「晴景・・・今度は・・地獄で鬼・・従えるさ・・・・さらば・・友よ」
東海一の弓取と呼ばれた男が友を救うために戦場にその命を散らした。
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