第323話 不自然な戦い
上杉景虎は、軍勢を率いて伊勢から海沿いを軍勢を進めていた。
「長槍隊、行け」
信長の指示で、織田の長槍が紀州国衆の陣営に突っ込んでいく。
柴田勝家が縦横無尽に槍を振う姿が目につく。
「この程度で幕府に刃向かうとは、歯応えがなさすぎるぞ」
猛将柴田勝家の暴れっぷりに圧倒されたのか敵が逃げ出していった。
織田家の先鋒による働きであっさり崩された紀州国衆。
そのまま山中に逃げ込んで行った。
「深追いをするな」
信長の指示で深追いせずに制圧した里の維持に切り替える。
幕府軍は海沿いに沿って進軍していた。
まず海沿いを制圧できれば、水軍を使い物資や兵の移動が楽になるからである。
既に、上杉家は熊野水軍衆とは何年も前から関係を深めていた。
上杉水軍には、熊野水軍の関係者が多くいる。
そして、海沿いの平野部を制圧しながら、山中奥深くに向かう主要街道には全て関所を作り、さらに簡易的な砦を作り紀州国衆の動きの分断化を図っていた。
戦を終えて、上杉景虎、今川義元、織田信長は本陣に集まっていた。
「おかしい。何故これほど簡単に制圧できるのだ」
上杉景虎は本陣の中で思わず呟いていた。
本陣には今川義元と織田信長の三人だけ。
三人ともあまりもあっさりと戦いの決着がつくことに疑問を抱いていた。
幕府からの指示を頑強なまでに無視しているにも関わらず、紀州国衆の戦いがとてもあっさりしているのだ。
「景虎殿。お主もそう思うのか」
「義元殿。敵の動きがあまりにも不自然だ」
「確かに幕府からの指示をあれほど頑なに拒否を示していたにも関わらず、戦いになればあっさりと里を引き払い。里を捨てて逃げていく」
「幕府からの指示を頑ななまでに拒否するなら、戦いにおける抵抗の激しさはかなりのものになるはずなのです」
上杉晴景と今川義元が考え込んでいるところに織田信長がふと呟いた。
「まるで我らを誘い込んでいるようだ」
織田信長の呟きに顔色を変える二人。
「我らを誘い込む。これほどの大軍相手にそのような策を行うならば、何か敵の狙いがあるはず」
景虎の表情が一層険しくなる。
「我らが誘い込まれているか・・景虎殿。信長殿。誰が裏で糸を引いているか知らんが、何かあるのは間違いあるまい。だが、今我らに打てる手立ては限られる。情報を集め、警戒を厳重にすることだ。そして、慌てる事なく粛々と制圧していくことだ」
「ならば、まず夜襲に対する警戒を上げることだろう。それと、深夜に忍び込み火を放つことを警戒するべきだろう。それと、戦いで深追いをしない事だ」
信長の言葉に頷く、景虎と義元。
三人が見上げる紀州の山々が不気味に見えるのであった。
「一気に突き崩せ」
三好義興の声が戦場に響き渡る。
摂津・河内から進んできた幕府軍7万。
先鋒を申し出た三好勢の士気は高かった。
一気に突き崩された紀州国衆はロクに抵抗せずにバラバラに山中に逃げて行った。
こちらも山中への街道に関所と砦を作り、山中と海沿いの分断を図り警戒をしていた。
ロクな抵抗もないまま軍勢が進んでいく。
海沿いの制圧が終わり、いよいよ山中の制圧を考え始めているところであった。
そんな幕府軍本陣では幕府管領上杉晴景と晴景の側衆である三好長慶がいた。
「晴景様」
「どうした長慶」
「敵の動きがおかしくありませんか」
「長慶もそう思うか」
「まるで誘い込まれているかのようです」
「儂にもそのように見える」
そこに鈴木孫一がやってきた。
「晴景様」
「孫一。どうした」
「妙な話を聞きました」
「妙な話だと」
「紀州国衆たちの中に奥州訛りの言葉を話す者たちが多数いるとの話を聞きました」
「奥州訛りの者たちだと」
「はっ、先月あたりより徐々にやって来るようになっているとのこと」
そこに景虎の軍勢に同行していた今川義元がやってきた。
「義元。何か起きたのか」
今川義元は厳しい表情をしている。
「晴景殿。嫌な予感がする。紀州の国衆の戦いが不自然だ。あまりにも簡単に逃げていく」
「そっちもか、こちらでも不自然だと話していたところだ」
「何が起きるか分からん。全軍を引き締めておく必要があると思うぞ」
「先ほど奥州訛りの者たちが多数入り込んでいるとの報告が入ったところだ」
「まさか、伊達か」
「まだ分からん。確証が無い」
上杉家の家臣が急いでやってきた。
「晴景様、六角家重臣である蒲生定秀殿が至急御目通りを願っております。緊急を要するとの事です」
「蒲生定秀殿は、今回は近江で留守居役のはずだが」
「近江より早馬で晴景様本陣に直接来たとの事です」
「すぐにここに通せ」
しばらくすると疲れ果てた蒲生定秀が入ってきた。
「蒲生殿。一体何が起きたのだ」
「晴景様。一大事にございます。承禎こと前六角家当主六角義賢様謀反。現当主六角義治様を座敷牢に幽閉。紀州根来衆と奥州伊達家と手を組み晴景様の首を狙っております。六角家の後詰め1万5千を使いこの本陣を背後から襲うつもりでございます」
「何だと」
本陣にいた武将たちの顔色が変わった。
本陣の後方から鬨の声が聞こえてきた。
「一大事にございます。六角勢が我らの本陣に襲いかかってきています」
六角義賢の裏切りがあらわになった瞬間であった。
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