第319話 虚勢

奥州伊達家

伊達晴宗は居城米沢城で憮然とした表情を浮かべていた。

天文24年(1555年)に奥州探題職への補任を願い出ていたが、幕府に強い影響力を持つ上杉晴景の反対で認められなかった。

翌年の弘治2年からは、上杉晴景が幕府管領職に就任したことでますます奥州探題職が遠のいていた。

昨年永禄元年春先にも奥州探題職を願い出たが、奥州が乱れている発端がそもそも伊達家の御家騒動が発端であるとして、幕府管領上杉晴景の名で認めることはできなと書状が送り付けられていた。

さらに、奥州探題を望むなら奥州全ての大名達からの推挙を受けろとまで言って来ていた。

要するに、奥州の全ての大名から推薦状を貰えと言ってるのと同じであった。

多くの大名達と離合集散を繰り返し戦乱の世そのものの奥州でそれは無理な注文であった。

既に奥州のいくつかの大名は上杉晴景側についている。

「殿」

「宗時かどうした」

重臣の中野宗時であった。

「幕府管領上杉晴景殿率いる幕府軍20万が九州平定を終えたそうです」

「その結果はどうなったのだ」

「肥前国を支配していた龍造寺家は、主君竜造寺隆信が討ち取られお取り潰し。大友家は筑前国と豊前北半国を幕府が召し上げ。日向国を支配していた伊東家は、伊東義祐が討ち取られお取り潰し。大隅国肝付家は半国に減らさる結果とのことです」

「1カ国を支配する大名が2つも消えたのか」

「九州において圧倒的な力を諸大名に見せつける結果となったようです。さらに、幕府管領上杉晴景殿の側衆である、三好長慶率いる四国平定軍も四国を平定したとの報告が入っております」

「残るは・・・」

「紀州と・・・ここ奥州にございます」

「攻め寄せてくると思うか」

「おそらく、紀州を片付ければ次はここ奥州平定となるかと。そうなれば日本中を敵に回すこととなり、まさしく孤立無援となります」

そこに一人の老人が入ってきた。

「晴宗。儂を呼びつけるとは何の真似だ」

不機嫌そうに部屋に入って来たのは、伊達晴宗の父であり前の伊達家当主であった伊達稙宗。

奥州で絶対的覇者として奥州に君臨した人物であった。

「幕府管領上杉晴景殿率いる幕府軍が九州を平定し、配下の三好長慶率いる軍勢も四国を平定したとのこと。そう遠くないうちに幕府軍は奥州に来ることになる」

伊達晴宗は、幕府軍の動きを淡々と説明する。

「ほぉ〜。それでお前はどうするつもりなのだ。そもそも儂にそれを聞くのはお門違いであろう。謀反を起こして伊達家を乗っ取ったのはお前達だ。お前達が余計なことをしなければ、奥州の全ては伊達家が掌握できていたのだ。それともお前達が伊達家を乗っ取ってから、儂の時より何か良くなったのか・・伊達家は多くのものを失うことになったはずだ」

「御前、言葉が過ぎますぞ」

中野宗時は思わず声を荒げた。

中野宗時も伊達晴宗の謀反に加担することで、伊達が持っていた権利の多くのを伊達家から手に入れていたため、そこを遠回しに指摘されたため思わず声を荒げたのである。

「事実を言われ面白くないか!」

「な・何を言われる」

「宗時。貴様に聞いておらん。邪魔だ。黙っていろ」

顔を真っ赤にした中野宗時。

「御前!」

「宗時。良い。気にするな」

「ですが」

「父上。儂は儂の信念に基づいて行動した」

「その信念の結果が伊達家の弱体化だ。支配下の者達は皆独立して大名となり、家臣達には大幅に権利を与え、伊達家が振るうことができる力と権威が小さくなった。そして、奥州の絶対的覇者であった伊達家は没落した」

「伊達は没落していない」

「現実を見ろ!今の伊達家のどこが奥州の覇者なのだ」

「それは見解の相違にすぎん。伊達家は今でも奥州の覇者だ」

「はぁ〜。なるほどなそれがお前の考えか。そうか・・・なら好きにするが良い。小さな力に酔いしれているなら底が知れる。どんなに虚勢を張ろうが現実は残酷で冷酷なものだ。それを身をもって知ることだ」

伊達稙宗は立ち上がる。

「父上」

「上杉晴景は、冷徹なまでに現実を見据えているぞ。虚勢が通じるような甘い相手では無い。このままなら、他の大名達に対する見せしめに使われることになるだろうな」

伊達稙宗はそのまま部屋を出ていった。

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