第318話 大阪上杉屋敷

大阪上杉家屋敷。

出来上がったばかりでまだ木の香りがする真新しい屋敷。

幕府管領の屋敷のため、多くの警護の兵が守りを固める屋敷である。

庭は、白砂を基本とした枯山水の作りとなっていた。

その枯山水の庭を見渡せる部屋の中、上杉晴景は上杉景虎と久しぶりに囲碁を打っていた。

静かな空間の中で碁石を打つ音が響いていく。

「兄上」

「どうした」

「こうやって2人で静かに碁を打つのは久しぶりですな」

「そういえば、そうだな」

「昔は、将棋、囲碁とよく打ちました」

「お前は負けず嫌いだからいつまでも勝負を諦めなかったな。負けても負けても諦めないから困ったものだ」

「たとえ、将棋や囲碁であったも戦いですから」

「そのため、あっという間に強くなりおって、儂が簡単に勝てなくなってしまったぞ」

晴景は思わず苦笑いをする。

「父上は私を構ってくれませんでしたが、兄上はいつも時間を作って将棋、囲碁と相手をしてくれました」

景虎は昔を懐かしむようにしていた。

「その分皆から仕事をしろと怒られしまってたな」

「私も兄上と一緒によく姉上に怒られました」

「ハハハ・・そう言えばそうだったな」

「もう少しで平定は終わるでしょう」

「そうだな。尾張国は織田信長が統一して終息。残るは紀州と奥州だな」

「ならば、少しは気楽に過ごしてください」

「戦の無い世の中になったら、本気で隠居するさ。どこか山奥に小さな草庵でも作ろうと思っているよ」

景虎は思わずため息をつく。

「兄上は生き急いでいるように見えます」

「生き急ぐか・・・」

「兄上は、上杉・・いや今や幕府に必要な存在。万が一のことがあれば幕府は瓦解いたします。そのようなことになれば乱世の世に逆戻りとなります」

「儂も人の身だ。万が一を考え代わりのものは育成しているつもりだが」

「個々の事案であれば出来るものは多くおります。ですが、全体を見まわし、集まる膨大な情報の中から真偽を見抜き策を練り、将来を見据えた手立てを打てるものは他におりません」

「余計な欲を捨て世の中を見つめれば、自ずからすべき事は決まるものだぞ」

「それが出来るものがいないのですよ」

「そうかな」

「そうです」

「所詮、人一人ができることは僅かなものだぞ。どんなに頑張っても手は2本、足も2本。手が4本になことも、足が4本になることも無い。人一人がやれることは限られるだろう」

「それが分からないものが多いのですよ。そして人の欲には限りがありません」

しばらく二人は無言のまま碁を打ち続ける。

静寂の中に響く碁石を打つ音。

「平定を終え、大名たちが戦のできない仕組みを作ってしまえば全てが終わる」

「兄上、ならばこの景虎をもっとお使いください」

景虎は晴景をまっすぐに見つめる。

「そうか。分かった。もっと頼りにさせてもらうよ」

「約束ですよ」

そこに上杉家の家臣から声が掛かった。

「晴景様」

「どうした」

「尾張国守護織田信長様がお見えです」

「信長殿か、分かった。いま行く」

上杉晴景と上杉景虎は碁を打つことをやめ、織田信長との会談に向かう。

広間に入ると、織田信長と弟の織田信包の二人がいた。

上杉晴景と景虎は、広間の上座中央に座った。

「幕府管領上杉晴景である」

「尾張国守護織田信長にございます」

「遠路ご苦労である。尾張国の騒乱を早期に治めたことは見事である」

「もったいないお言葉。管領様の後押しで尾張国守護に任じていただけたことが大きく、尾張国衆が尾張国守護の下にまとまることができたことで、早期に決着できたことと思っております」

「儂の後押しなど僅かなものだ。織田信長殿の類まれなる才覚があったため早期に集結できたのだ。上様は織田信長殿に大いに期待されておる。儂も織田信長殿には期待しておる」

「ありがとうございます」

「後日、尾張国の騒乱収束を祝って茶会を開こうと思っておる」

「茶会でございますか」

「そうだ。日取りが決まったら知らせるゆえ、ぜひ来てもらいたい」

「はっ、必ずや」

「織田信包殿」

晴景が信長の弟織田信包の名を呼ぶ。

「はっ・はい」

「兄信長殿の留守の間、しっかりと大阪の屋敷を守ったこと大儀であった」

「はっ・・も・もったいないお言葉で」

「今後も信長殿を助け、幕府の力になってもらいたい」

「はっ、承知いたしました」

「茶の湯にはお主も来るといい。招待するぞ」

「ありがとうございます」

信長と信包は、上杉晴景からの思いもよらない申し出に平伏するのであった。

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