第315話 腹の読み合い
大阪の織田家屋敷。
庭の心地良い風に当たりながら
そんな茶の湯のゆったりとした空気を破るかのように上杉晴景が口を開いた。
「信長殿。尾張国守護として認めてほしいと書状が届いておったが」
上杉晴景は、織田信長から幕府に出された書状のことを取り上げた。
尾張国は守護・守護代家は信長によって討ち取られていたため不在となっていた。
「尾張国の安寧のために是非ともお認めいただきたく」
「晴景の意見はどうだ」
将軍足利義輝が管領上杉晴景の意見を求めた。
「上様。現在、尾張国守護家・守護代家ともに滅んでおり、守護・守護代共に不在となっております」
「おお・・そういえば、そうであったな。儂としたことがうっかりしていた」
2人とも尾張国守護家・守護代家共に織田信長の手によって滅んでいることは分かっていたが、そのことにあえて触れることは無かった。
知っていたがあえてとぼけて話をしている。
「尾張国の安寧のためには、新たな尾張国守護を定める必要がございます」
「そうであるな、なら如何する」
「現在、尾張国で最も力を持っているのが織田信長殿にございます。ならば、織田信長殿を新たな尾張国守護に任じるのが最も良いことかと」
「なるほど、よかろう。ならば、織田信長を新たな尾張国守護として認める」
「承知いたしました」
2人の言葉を受け信長は頭を下げていた。
「ありがたきお言葉」
上杉晴景は織田信長の方を向く。
「信長殿。正式な通知は後日になる。それと、他国にみだりに攻め込む事は禁止である。ただ、尾張国内で謀反が起きればその処罰は、尾張国守護の権限である。存分に裁かれよ」
上杉晴景が謀反の処罰に触れた瞬間、信長の表情がわずかにこわばった。
織田信長は、将軍足利義輝と幕府管領上杉晴景を招いての茶の湯は、つつがなく終えることが出来てホッとしていた。
既に、将軍足利義輝と幕府管領上杉晴景は大阪城へと帰っていた。
この場には、弟の織田信包と家老の柴田勝家が残っていた。
「兄上。まずはおめでとうございます」
「信包。正式な決定は少し先になるが、これほど早く尾張国守護を認めていただけるとは思っていなかった」
「管領上杉晴景様の後押しが大きかったですな」
「ああ、そうだな。管領様の言葉が無ければまだ時間がかかっただろう」
「管領上杉晴景様に対する上様の信頼はことのほか厚いものがあると感じました」
「そうであろう。権威だけの存在であった幕府と将軍を権威と武力を兼ね備えた存在へと変えたのは、管領である上杉晴景殿の働きだ。領地の無かった将軍家の今の石高は、おそらく少なくみても300万石はあるだろう。さらに幕府は銀山も持っている。将軍家と上杉家そして上杉家傘下の大名の所領を含めれば日本の半分以上の石高になるだろう」
「半分以上ですか」
「幕府管領に上杉晴景殿がいる限りは、幕府に逆らえる者はいない」
「兄上。それほどでございますか」
「九州平定に20万もの軍勢を動員したのだ。並の者には20万もの兵を動員できん。可能なら我が織田家からも九州平定に軍勢を出したかった」
信長は残念そうな表情をしている。
「ですが、織田信清の動きが読めぬ以上は、仕方が無いかと」
「信清の奴め、せっかく我が姉上を嫁がせ一門衆として扱ってやったというに欲をかきおって」
織田信清は尾張国と美濃国の境にある犬山城とその周辺に独自の勢力を築いていた。
織田信清を取り込むために、信長は姉を織田信清に嫁がせることで一門衆として取り込むことに成功していたが、織田信賢を攻め滅ぼした後の領地の分配で揉めており、特に岩倉城の扱いで衝突。
再び、信長のもとを離れ尾張国内で独自勢力として信長の前に立ち塞がり始めていた。
「勝家」
「はっ」
「儂が尾張国守護となったからは遠慮はいらんな。奴は用意した餌に食いつきそうか」
「我らが那古野城を留守にして、さらに手薄に見えるように見せかけております。さらに織田信清の犬山周辺に那古野城が手薄との噂を流しております。念のために、織田信清の家臣たちの中で我らに近い者たちを使って、那古野城が手薄で狙い目だと吹き込ませております。どうやら間もなく兵をあげるようでございます」
「そうであるか。しかし、管領殿は恐ろしいお方だ」
「管領様は強大な兵力を持っておりますからな」
「そうでは無い。強大な兵力は表の部分だ。管領殿の本当の恐ろしさは、情報にある」
「情報でございますか」
「そうだ。儂が織田信清に策を仕掛けていることを分かっているようであった」
「はっ・・・まさか、そんなはずは・・」
「先ほどの話を聞いていたか、わざわざ尾張国内で謀反が起きたら処罰は尾張国守護の権限と言われたのだ。守護を認める席で普通そんな事は言わん」
「全て知った上で認めたということでしょうか」
「考えようによっては尾張国内で収まるのであれば、謀反として織田信清を叩き潰して構わんということになるな」
「向こうから兵を上げれば、謀反ということですな」
「そうだ。管領殿も謀反は存分に裁けと言われていた。ならば、そうさせて貰うとするか」
織田信長は尾張国統一の仕上げにかかるのであった。
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