第313話 有馬温泉

上杉晴景は、神戸津の近くにある有馬温泉に来ていた。

有馬温泉の歴史によれば、始まりは神代の時代に大己貴命おおなむちのみこと少彦名命すくなひこなのみことが湯で傷を癒している3羽のカラスの姿を見て、温泉を見つけたのが始まりと言われている。

それ以来、多くの天皇や朝廷の要人たちがここ有馬温泉を訪れていた。

日本書紀などのも登場してくる日本三古湯のひとつと呼ばれている。

行基の建立した薬師如来像を納めた堂もあり、平安時代に清少納言が書いた枕草子にも登場してくるほどだ。

8代将軍足利義稙様も湯治に滞在している。

最近は乱世の世であり、ここ有馬温泉も戦乱に巻き込まれたりして荒廃が進んでいた。

露天に沸く濃い赤褐色の湯にゆっくりと浸かると体の芯から温まってくる。

そして、なぜか上様と景虎もついて来て一緒に温泉に入っていた。

人に少ししつこいほどに温泉を勧めて、いざ行くとなると問答無用で2人して便乗してきたのだ。

元々自分1人であるから十名程度で来るはずが、2人が便乗してきたため計画を大幅に変更する事態となり、想定外の大人数となってしまった。

将軍とそれを補佐する幕府管領、有馬温泉に幕府のツートップが揃っているのだ。

さらにそこに、景虎も加わるとなれば、警護は一軍を率いているのと同じことである。

三人で入っている温泉のすぐ近くには200人ほどの警護の兵たちがいる。

さらに有馬温泉の周囲には2千人。

すぐ近くの神戸津には5千人の軍勢が詰めている。

合わせて7千人をこえる警護となっていた。

いつでも戦える軍勢の数である。

流石にこれだけの警護で事を起こす不埒者はいないだろう。

そんな状態で三人は有馬の湯に来ていた。

「いや〜この湯は珍しい色をしておりますな」

景虎が湯に浸かりながらのんびりとしている。

「儂もぜひ一度は有馬の湯に来てみたかったのだ。多くの文献にも讃えられ、8代将軍様も来られたのだ。やはり良い湯だ。流石は歴史ある名湯」

将軍足利義輝様もかなり有馬の湯が気に入ったようだ。

義輝様も戦乱に次ぐ戦乱で幼少の頃から畿内を転々とされていた。

たまには温泉に浸かることもいいのかもしれない。

晴景は湯の中で手足を伸ばし、濃い赤褐色の湯を堪能していた。


三人は温泉から上がると有馬温泉最古の宿と言われる温泉宿に入る。

すぐさま、西宮郷で作られた日本酒が出され、ツマミにはいかなごと呼ばれる魚の稚魚を甘辛く煮た佃煮が出てきた。

三人で日本酒を飲むと、温泉で熱った体に日本酒が吸い込まれるように消えていく。

次にいかなごの佃煮を摘む。

また日本酒を飲むを繰り返す三人。

「温泉に入った後の酒は良いものだ」

「上様、あまり急に飲むと酔いが早く回りますぞ」

「晴景、そういうな。たまにはこんなこともいいではないか。こんなにのんびりとするのも久しぶりなのだ。このいかなごの佃煮も美味いではないか」

酒豪で鳴らす景虎もどんどん日本酒を飲んでいる。

しばらくすると竹の皮に包まれた塩鯖の棒ずしが出てきた。

若狭湾でとれた鯖を塩漬けにして、鯖街道と呼ばれた街道を使い畿内に運ばれた塩漬けの鯖を使ったものだ。

竹の皮を外すと鯖の頭と尾を取り除いた塩鯖に酢飯を乗せたものが出てきた。

箸で一口分を取り口に運ぶ。

鯖街道を使い運ばれてくる間に、塩と鯖が馴染みほどよい塩加減になっている。

そんな塩鯖と酢飯、そして日本酒がとても合うのだ。

「兄上、この塩鯖の棒ずしは美味いですな」

上様も景虎もいかなごの佃煮、日本酒、塩鯖の棒ずしの順に繰り返している。

「ハハハハ・・・景虎。もう少しゆっくりと飲め。酒は逃げん。たっぷり用意してもらってある。

久しぶりに朝まで飲むか」

「景虎は、酒では負けませんよ」

「酒では、儂もまだまだ2人には負けんぞ」

上様も景虎も実に楽しそうに酒を飲んでいる。

戦で血生臭いことばかりの乱世ではあるが、確かにこんな日常があってもいいのかもしれない。

三人は時を忘れていつまでも酒を酌み交わし続けていた。

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