第311話 覚悟の結果
日向国の幕府軍本陣。
多くの武将達が集まり大隅国肝付家への対応を決めようとしていた。
左右に諸将が並び、中央奥の上座には上杉景虎が座っている。
これから軍議を始めようとした時に上杉家の家臣が急いでやってきた。
「景虎様」
「どうした」
「大隅国肝付兼続殿、肝付良兼殿、両名がおいでになりなっております」
一瞬、本陣内がザワつく。
「ほ〜、ようやく来たか。良いだろう。ここに通せ」
しばらくすると、白装束を身にまとった2人が入ってくる。
白装束姿を見た幕府側の武将達は、皆驚きの表情を見せていた。
2人は、中央を進み上杉景虎に対面する形で座る。
上杉景虎は、興味深そうな眼で2人を見ていた。
肝付兼続、良兼の2人は落ち着いており、その2人の目には強い意志を感じさせている。
怯えることも、卑屈になることもなく、堂々としている2人に幕府側の武将達は、さらに驚いていた。
普通、今の肝付家の立場なら、恐れ、不安、焦り、葛藤、そんな気持ちが心を占めて、顔や体全体からそれが滲み出てくるものだ。
しかし、2人からはそんなものは微塵も感じられない。
「大隅国肝付兼続と申します」
「同じく大隅国肝付良兼と申します」
「此度の幕府軍を預かる上杉景虎である」
「再三のお呼び出しに遅参いたし、申し訳ございません」
「再三に渡り来るように申し付けたはず。今更ではあるが、一応遅参の訳を聞こうか」
「島津との戦の最中であり、いつ攻め込まれるかもしれないため動くことができませんでした」
「その戦は肝付側から起こしたのではないか」
「そのようなことはございません」
幕府側の武将達の中には島津忠親らもいた。
「寝ぼけたことを言うな。伊東と手を組み、突如攻め寄せてきたのは肝付であろう」
立ち上がり怒りを露わにする島津忠親。
「何か色々と行き違いがあるようでございます。我らは伊東義祐らが島津領の飫肥を攻めるとの情報を得たため、救援に向かったところ、敵と勘違いした島津側から攻められたため、これに応戦しところ、伊東と我ら肝付が手を組んでいると言うことになったようでございます」
「ふざけるな。再三の話し合いを拒否したのはそっちであろう」
怒れる島津忠親は、いまにも飛びかからんばかりの形相である。
「そのようなことはございません」
肝付親子は島津忠親とは対照的に動じることもなく常に淡々としている。
「遅参は事実であるが、戦の発端で食い違いか・・さて、どうしたものか」
どう決着をつけようか上杉景虎が考え込んでいると上杉の家臣が1人景虎のもとに寄って来た。
「何かあったか」
「晴景様がご到着にございます」
「何、兄上が来られたのか」
景虎の言葉と同時に上杉晴景が本陣内に入ってきた。
幕府側の武将達は一斉に頭を下げる。
景虎は、すぐに立ち上がり上座中央の場所を開ける。
「兄上、こちらに」
晴景は、先ほどまで景虎が座っていた場所に座り、景虎はその横に座る。
「どうやら肝付と島津で揉めているようだな」
景虎は、晴景に両者の言い分を話した。
「成程、それで肝付親子は白装束で一か八かの戦にきたのか」
「白装束で戦ですか」
「武将としての覚悟を見せにきたのであろう」
「如何致します」
「儂としてもこれ以上の戦は望まんが・・」
上杉晴景は鉄扇を手に立ち上がり、肝付親子に向かって歩いていく。
「幕府管領上杉晴景である」
「肝付兼続と申します。隣は倅の良兼」
2人は頭を下げた。
上杉晴景は兼続の首に鉄扇を軽く当てた。
鉄扇の冷たさが肝付兼続の首に伝わってくる。
「敵陣とも言える幕府の本陣に、親子2人きりで白装束を纏ってやって来るその気概は褒めてやろう」
肝付兼続顔からは汗が滴り落ちた。
「幕府が出した命令を幾度も無視した以上、本来なら問答無用で武士の名誉ある切腹では無く、打首として肝付家は完全に取り潰すところだ。だが、儂は無益な殺生は望まん。しかし、何の責めも負わぬのは道理に合わぬ。それゆえ、肝付領北半分を召し上げ、島津忠親に与える。肝付家の領地は、大隅国南半分とする」
「承知致しました。幕府管領様の温情に感謝いたします」
「島津忠親」
「はっ」
「肝付家の大隅国北半分を与える。これで手打ちとせよ」
「承知いたしました」
上杉晴景は、再び席に戻り座る。
「これより、九州においてみだりに戦を起こすことはならん。他領を勝手に攻めることは、幕府の名にかけて成敗する。境界に関しては、幕府から派遣する役人たちを交えて話し合いを行い、戦をすることなく確定せよ」
居並ぶ全ての武将達は頭を下げ了承した。
「さて、京の都に戻るとするか、上様が待っておられるだろう」
上杉晴景は京に戻ることにするのであった。
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