第310話 儚き夢
大隅国肝付城
「まさかここまで他の大名が不甲斐ないとは」
肝付兼続は、不機嫌そうに呟いていた。
肝付兼続は白髪が目立つような歳であるが、まだその目には力強さが残っている。
肝付家は嫡男である肝付良兼に譲っているが、肝付家の実権は肝付兼続が握っていた。
「龍造寺、伊東はあっさりと幕府に敗れ、大友ほどの大国が幕府に尻尾を振るとは呆れるばかりだ。しかも、大友に至っては戦の最中に謀反が起きかけて、慌てて処罰を下したと聞いている」
肘掛けに右上を乗せ不機嫌そうに呟く。
「ですが父上。このままでは勝ち目はありませんぞ。既に島津は幕府側に出向き臣従を誓ったと聞き及んでおります」
嫡男で肝付家を継いだ肝付良兼が厳しい表情で情勢を告げる。
既に九州で幕府に従っていないのは肝付家のみとなっていた。
「幕府が龍造寺と大友を相手に戦えば、双方とも大きく消耗して我らに漁夫の利が得られるとみていたが、どうやら読み違えたようだ」
「こればかりは仕方無きことかと。戦は生き物と同じ。我らの思うように全て動く訳ではございません」
「さてさて、どうしたものか」
「このままでは、全ての者達が撫で切りでしょう」
「まあ、そうなるな。儂が幕府の総大将であれば、九州の者達全てに見せしめとしてそのように指示を出す」
「戦うのですか。戦うなら肝付家の嫡男として、肝付を継いだ者として、最後までお供いたします」
「流石に皆を撫で切りにさせる訳には行かんだろう。ならば、出向くとするか。この白髪頭ひとつで済んでくれれば儲けものだが、どうなることやら」
肝付兼続は左手で自らの首を軽く叩く。
「父上」
「儂は夢を見てしまった」
「夢ですか?」
「この九州の覇者になる夢だ。名だたる大名達をなぎ倒し、九州の端から端まで肝付家の旗が立つ夢だ」
「九州の覇者ですか」
「そうだ。幕府軍の大軍が九州に来ると聞いたとき、儂は幕府の軍勢と九州の他の大名が食い合ってくれれば、この儂が九州を丸ごと手に入れることができるかも知れんと、夢を見てしまったのだ。弱りきった島津、伊東、大友、龍造寺を儂が平らげて、この儂が九州の覇者なることを夢見てしまった。武将としての悪い性だ。儚き夢よ」
「父上、武将として一度生を受けたなら誰もがそのくらいの夢を見るでしょう。父上がその首をかけるなら、この良兼の首もかけましょう」
「ハハハハ・・・お前も一端に言うようになったか。ならば、共に行くとするか」
2人が立ち上がろうとした時に部屋の外から声がした。
「お待ちください」
その場に1人の女性が入ってきた。
「御南」
「母上」
肝付兼続の正室であり、肝付良兼の実母であり、敵対した島津忠親の娘である御南であった。
御南は、2人に厳しい視線を向ける。
「2人ともその顔は何です。戦に負けた敗軍の将ではありませんか」
「母上、我らは負けたのです」
「現実の戦の勝ち負けを言っているのではありません」
「で・・ですが」
「あなたたちも武将なら、武将としての心まで負けてどうするのです。男なら、武将なら堂々としなさい」
「しかし・・・」
「良兼。黙りなさい」
肝付兼続、良兼の2人は御南の勢いに圧倒される。
「己の首をかけるなら堂々と行きなさい。肝付の誇りを胸に堂々と行くのです。しょぼくれて行くなど恥ずかしいと思いなさい。死を恐れて行くなど武将として恥ずかしいと思いなさい」
「御南。島津と戦うと決めた時、何度も離縁すると申したはず。もうすぐ肝付家は終わる。いますぐに父である島津忠親殿の下に帰れ、そうすればお前は助かる」
「
「ハハハハ・・・・・・・お前はどこまでも真っ直ぐだな。流石は島津忠親殿の娘だ」
ひとしきり笑った後に表情を引き締める肝付兼続。
「分かった。これより堂々と首を討たれてこよう。これが今生の別れとなろう。世話になった」
肝付兼続はそう言って手をついて正室御南に頭を下げた。
「殿。御武運を・・・」
「フッ・・御武運か」
「これも立派な戦でございます」
「確かに、武将の誇りを賭けた戦であるな」
肝付兼続と良兼は、何か吹っ切れたように、晴れやかな顔で日向の幕府軍に向かうことを決めた。
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