第301話 付け入る隙
龍造寺隆信は、筑前国に集まりつつある幕府軍の動きを掴もうと多数の物見を放っていた。
龍造寺隆信自身は、情報を集めじっくりと考えるよりも即断即決を好む性格である。
幕府軍が数を頼りに何も考えずに攻め込んでくると考えていたが、島原に援軍3千を送り込んだ以外に動きが無いことに疑念を感じていた。
隆信の右腕とも言える鍋島直茂が物見たちの集めた報告を持ってきた。
「殿。筑前国に集結している幕府軍は2万。ほとんどがまだ門司にいるようです」
「筑前にまだ2万だと、動きが遅い。どうしてだ」
「南に向かう軍勢は既に門司を出ておりますが、こちらに向かう軍勢が水が合わなかったようで、食当たりで動けぬとの話が入ってきております」
「本当か?」
「島原の有馬への援軍3千が動いて以降、全く動きがありませんから事実かもしれません。動き出すまであと半月程度はかかるかと思われます」
物見からの報告を訝しく思うものの、実際幕府軍の動きが想像以上に悪い。
いまだに筑前国には2万の軍勢のみ。
「何か不足の事態が起きていると考えた方が良いだろう。ならば、先に島原の有馬を叩くか」
「有馬をですか」
「後ろでチョロチョロされるのは目障りだ。やがてやって来る筑前からの軍勢に全力を傾けるには、我らの後ろで我らの隙を窺う有馬は邪魔だ。有馬を叩き潰して龍造寺の力を示すことで、肥前国衆を引き締めることにも繋がり、幕府軍と十分に戦うことができる」
「ですが、そうなるとのんびり攻城戦などしておれません。幕府軍に隙を見せないためには、いかに早く有馬を叩き、できる限り素早く戻らねばなりません。少々危険ではありませんか」
「有馬への援軍は、大して役立たんらしいではないか。有馬の奴らが嘆いていると領民たちが噂しているぞ。そうであれば有馬の軍勢など一飲みにできるであろう」
「ですが、もう少し様子を・・・」
「直茂。お主は慎重すぎる。敵の出鼻をくじいて有利に事を運ぶためには早く手を打たねばならん。儂が1万5千を率いて向かう。お主は砦の増築を急げ。いかに早く動くかが勝負だ。良いな」
隆信の性格を知る直茂はこれ以上言っても無駄だと思い、せめてもう少し優位に動けるように献策をすることにした。
「ならば、せめて軍勢はあと1万増やして2万5千としてください」
「分かった。ならば2万5千を率いて有馬を叩き、すぐに戻る」
龍造寺隆信は自ら軍勢を率いて島原の有馬家を叩くため出陣して行った。
筑前国博多
宇佐美定満は軍勢と共に博多にいた。
総勢8万の軍勢のうち2万5千を島原へ、2万を筑前国内の肥前国手前に展開。
3万5千の軍勢は豊前国門司では無く、宇佐美定満と共に博多にいる。
3万5千の軍勢は元気そのものであり、宇佐美定満の指示が出るその時を待っていた。
龍造寺の物見は筑前北部、特に博多には近づけないように徹底した監視を敷いていた。
当然、近づいてくる怪しい者は残らず始末されることになる。
宇佐美定満は、上杉晴景からの指示で博多商人たちを使い、龍造寺に盛んに偽情報を流し続けていた。
さまざまなルートで偽情報を送り込む。
筑前に入ってきた物見に、さりげなく博多商人たちが近づいて酒を飲ませ、偽情報を与える。
肥前国に商いに行かせ偽情報を噂として流してくる。
徹底的に偽情報を流していた。
そこに龍造寺が島原の有馬家を叩くために動いたとの情報が入ってきた。
「龍造寺隆信が自ら2万5千の軍勢を率いて島原方面へ出陣との」
「留守居役は誰だ」
「鍋島直茂と思われます」
「分かった。全軍に出陣の準備をせよと伝えよ」
「はっ、直ちに」
すぐさま全ての軍勢に伝令が飛び出していく。
「ようやく龍造寺が動いたか。博多衆のお陰だ」
宇佐美定満は、目の前にいる島井茂勝に博多商人たちの働きを褒め称えた。
「お役に立てて嬉しく思います」
「鍋島直茂とはどんな奴だ」
「即断を好む龍造寺隆信に、讒言を多くすると聞き及んでおります」
「なるほど、ならばそこに付け入る隙があるな」
「付け入る隙でございますか」
「讒言が多いなら必ずそこに疎ましく思う心が生じるものだ。それが人というものだ。ましてや即断即決を好む龍造寺隆信なら必ず疎ましく思っている。それを表に出さないのは全てが上手く動いていたからだ」
「何をなされるのです」
「鍋島直茂は裏で幕府と手を組んでいて、龍造寺の追い落としを企んでいると、龍造寺の奴らに吹き込んでやるか。もっとも、奴が島原から生きて城に帰れたら、その噂を聞けることになるが、果たして生きて帰れるかな」
出陣の準備の喧騒に宇佐美定満の呟きはかき消されるように飲み込まれていった。
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