第292話 海賊の誇り

村上水軍が豊後府内沖に現れる数日前。


上杉景虎率いる水軍は、南蛮船を操り瀬戸内海を西へと航海していた。

和船の安宅船とは違い、目につくのは巨大な4本マストと船体の巨大さ。

いくつもの帆を巧みに操り、速度と航路を操って進む。

風が無い凪の状態ならば、船の側面からかいを使って海を進んで行く。

さらに船の両舷には、数多くの大砲が並び攻撃力の高さが窺える。

そんな上杉景虎の乗る南蛮船に、村上水軍の村上武吉が乗り込んできた。

甲板に南蛮商人から購入した円形テーブルと椅子を用意して、椅子に座るように勧めると

村上武吉は椅子に座る。

暫くすると上杉景虎が船室から出てきて椅子に座った。

「上杉景虎である」

「村上武吉だ」

相手が誰であろうと臆する事無く、対等だと言わんばかりの態度を見せている。

相手によっては不遜な奴と言われるかもしれない態度である。

「貴様、偉そうに。誰に向かって・・・・」

「待て」

村上武吉の態度を咎めようとした上杉家の家臣を景虎が止める。

「ですが!」

「問題無い。村上殿は我らの家臣では無い。その相手に無粋な真似はするな」

「承知しました」

景虎に言われ、家臣は渋々引き下がる。

「流石は、東国の覇者上杉家を担う上杉景虎殿だ。話が分かる。ついでに言っておくと、我らは毛利の家臣でも無い。分かっていない輩が多くて困る。我らは毛利とはあくまでも対等な関係であり、商売相手だ」

「フフフフ・・・幕府とも対等な関係と言われるのしょうな」

「その通りだ。我らは誰の配下にもならん。あくまでも商売で付き合うのみだ。そしてこの瀬戸内の海こそが我らの領地」

「ですから、我が兄である上杉晴景より多額の謝礼を前払いされたはず」

「管領殿からもらった銭の分はしっかり働くさ。心配はいらねえよ。受けた仕事はきっちりやるから心配はいらん」

「ならば問題無い」

「しかし、管領殿はぶっ飛んだ人だな。吹っかけたつもりの倍の銭を出されたら、断ろうと思っても断れねえだろう。しかも即金で目の前に積み上げるなんて普通はやらんぞ。おまけにこんな馬鹿でけえ南蛮船をいくつも持っている。一体何隻あるんだよ」

「まあ、確かに兄上のことを言われると、そう言われても否定はできんな。儂の目から見てもぶっ飛んでいると思える部分はたくさんあるからな」

「しかし、よくもまあこんな南蛮船を作れたもんだ」

「それは努力の賜物とでも言っておこう」

景虎は家臣に指示して葡萄酒を用意させた。

「これは南蛮人たちが好んで飲む南蛮の酒で葡萄酒ワインと呼ぶそうだ」

景虎は、南蛮人から買った赤ワインを南蛮人から買った硝子のグラスに注ぐ。

注いだ一つを村上武吉の方に渡す。

「ほ〜、南蛮人の酒か、赤い酒か」

村上武吉は、ワインが注がれたグラスを手に持ちじっくりと眺めている。

「我らの勝利に」

景虎はワインを口に運ぶ。

村上武吉も景虎に合わせてワインを飲む。

「南蛮人の酒もいいもんだ」

暫く2人は何杯かのワインを飲む。

「貴重な南蛮からの葡萄酒を振る舞ってもらった礼に一つ言わせてもらう」

「かまわん自由に言ってくれ」

「博多を抑える前に門司を抑えるべきだ」

「門司?」

「そうだ。豊前国の北にある。周防、長門の目と鼻の先ほどの距離。ここは海の要衝といえる場所だ。ここを手に入れておかねば後続の軍勢を呼び込むことが苦しくなる」

「なるほど、門司が必要か」

景虎は暫く考えた後宇佐美定満を呼ぶ。

「宇佐美定満」

「はっ、ここに」

「儂は半数を率いて門司を制圧する。宇佐美は残り半数を率いて博多を抑えよ」

「はっ、承知いたしました」

「兄上からの指示は忘れるなよ」

「心得ております」

村上武吉が2人に声をかける。

「なら、俺ももう少し手を貸そう。そっちが動きやすいようにしてやろう」

「どうするつもりだ」

「俺の配下の連中に、ちょっとばかり豊後府内の海を見てこいと言っておくさ。どうせ大友の奴らは海には出てこない。浜で恨めしそうに沖を睨んでるだけだ。うちの野郎どもは、熱烈に睨まれすぎて尻の穴がむず痒くなりそうだがな。ハハハハ・・・・」

「豊後府内を攻めると見せかけるか・・分かった。そっちは任せる。上手く陽動してくれ」

「任せておけ。俺たちが海の上で丘の連中に負けるはずがねえ」

村上武吉は自信を見せていた。

「そいつは頼もしいな」

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