第291話 囮

今朝早くから豊後府内の沖合には、多くの漁師達が小船で漁に出ていた。

最近は天候も安定していて、波も穏やかな日が続いている。

漁師達がこれから漁を始めようとしていたところに異変が起きた。

「おい、ありゃなんだ」

1人の漁師が沖の方を指差す。

同じ船の漁師が指差す方を見る。

沖合から近づいてくるものが見えた。

「船だ。たくさんの船が近づいてくるぞ」

周辺で漁を始めようとしていた他の船の漁師も沖合を見る。

「本当だ。たくさんの船が近づいて来ているぞ」

やがて帆に描かれた紋が見えるようになった。

帆には、○に中に上と書かれている。

「ありゃ、村上水軍だ。毛利の村上水軍の船だ」

「奴等みんな武装しているぞ」

「早く浜に戻れ、殺されるぞ」

漁師達は、慌てて浜に向かって必死に船を漕ぐ。

砂浜に船を乗り上げると必死に走り始める。

「海沿いにいると殺され根こそぎ奪われるぞ。金目の物を持って逃げろ」

漁師達は村上水軍による海賊行為を恐れ、急いで陸に上がるとそれぞれの家に向かって走り出していた。

しばらくすると沖合に見える船の数が徐々に増えていく様子が見えていた。

海沿いで見回りをしていた大友家の家臣達が、漁師達の異変に気がつくと同時に、浜辺から多数の軍船が目視できるほどになっていた。

その事はすぐさま大友館の主である大友義鎮に伝えられた。


大友館では多くの重臣達と共に大友義鎮は広間にいた。

「殿。沖合に多数の船が現れました。毛利の村上水軍と思われます」

「噂通り来たか。敵が上陸してきても水際で打ち払えるようにせよ」

「承知いたしました」

家臣の1人が出ていくと大友義鎮は家老の吉岡長増に声をかける。

「村上水軍の動きは」

「すぐには動かぬようで、沖合に留まっておりますが、徐々に船の数が増えて来ております。おそらく後続を待っているものと思われます」

「数が揃ったら一気に攻め込んでくるつもりか。向こうが後続を待っているなら、こちらも周辺から兵を集めることができる。直ちに触れを出し兵を集めよ」

「戦いは避けられぬということですか」

「朝廷からの仲裁を待ちながらできるだけ守りを固めるまでだ」

「仕方ありませんな。できるだけ時間稼ぎをいたしましょう。既に領内の国衆には伝令を出してございます」

「分かった。それで良い。我らはひたすら時を稼ぐ事を優先する」

「承知いたしました」



豊後府内沖合の村上水軍の動きは無いまま2日が過ぎた。

豊後府内の海沿いには、召集された多数の足軽達が海を睨んでいる。

そんな緊迫した豊後府中に一頭の早馬が駆け込んできた。

その早馬は大友館へと飛び込んでいった。

「一大事にございます」

早馬の家臣が大友義鎮の前にやってきた。

「何が起きた」

「門司が幕府軍により制圧されました」

「なんだと」

「多数の南蛮船から幕府の軍勢が上陸。あっという間に制圧され、さらに門司には幕府に従った毛利の軍勢が続々と入り始めております」

「しまった。沖合の水軍どもは囮か」

大友義鎮の声が響き渡った広間に家老の吉岡長増が入ってくる。

「殿。沖合の村上水軍が引き上げていきます」

「引き上げた?」

「はい」

吉岡長増の言葉に怪訝な表情を浮かべ考え込む。

「いや、そうではない。おそらく門司の幕府軍の支援に動くのだろう」

「門司の支援ですか」

「既に門司が幕府の手に落ちた。そこに続々と幕府支援の名目で毛利勢が入って来ている」

「如何いたします」

「幕府との交渉を有利に運ぶためには、我らの力を示す必要がある。我らに手出しすれば痛い目に遭うことを見せ付けねばならん。幕府側の軍勢が揃う前に、まず門司を奪還して毛利を追い払う」

「承知いたしました」

「それと、先ほどの報告に多数の南蛮船から幕府軍が上陸したと聞いたが、南蛮人たちはいつから幕府の味方になったのだ。本当に南蛮船なのか」

そこにさらに家臣が駆け込んでくる。

「大変でございます」

「今度はなんだ」

「幕府軍が多数の南蛮船で博多を強襲。博多を制圧したとのことです」

「なんだと、博多まで奪われたというのか」

思わず顔を顰めてしまう。

「幕府軍が南蛮船を使っているのは本当なのか」

「本当でございます。門司にて多数の南蛮船から降りてくる軍勢を実際にこの目で見ております」

門司から早馬で伝令にきた家臣が証言していた。

「ま・・まさか、南蛮人たちは儂ではなく幕府に付くつもりなのか」

上杉家が作り上げた南蛮船を、南蛮人が幕府に肩入れしていると勘違いした大友義鎮は、大いに落胆していた。少なくとも南蛮人は、幕府に肩入れするはずは無いと見ていたからであった。

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