第288話 大友義鎮という男
大友館には、交易によって手に入れた様々な品が置かれている。
多くの茶器、陶磁器、虎の毛皮、赤い珊瑚の置物、南蛮製のガラス製品。
広間には南蛮商人より手に入れた大きな時計が置かれている。
広間奥に座る大友義鎮の目の前には家老の吉岡長増がいた。
「殿。申し訳ございませんでした」
「これは儂の計算違いだ。お前の責任では無い」
「ですが」
「多額の銭にも目もくれずか。一昔前なら確実にこちらの話に乗ってきただろうに、厄介なことだ」
肘掛けに少し体を預けるようにしながら大友義鎮は呟いていた。
「将軍様はこちらの話に乗っこようとされませんでした」
「将軍様よりは幕府管領殿であろう」
「幕府管領殿ですか」
「幕府管領上杉晴景。やつ1人のために我らが苦境に陥るとはな」
「それほどの人物で」
「東国の覇者上杉晴景。たった1人、奴が京の都に現れたことで、瀕死状態の将軍家と幕府が蘇った。奴は瞬く間に畿内を制圧。その全てを将軍家に渡した。普通自ら切り取ったのなら自分のものするだろう。だが奴は自分の物にせず将軍の直轄領にした。その領地を足がかりに将軍が権威と力を兼ね備えた存在へと変わっていった。そして、上杉晴景の力で山陽道・山陰道の大名達をを抑え込み、あの毛利元就に忠誠を誓わせた。やつが現れなければ将軍家は今頃消滅したかもしれん」
「それほどの人物ですか。しかし如何されます。このままでは20万もの軍勢がやってきます」
「銭の力が通じないか・・・無欲でありながら絶大な力を持つ奴は困る。だが、流石に20万もの軍勢は相手にできん。実際にどの程度の軍勢が来るのか分からんが、朝廷に和睦の斡旋を願い出た上で、恭順の意を示し条件の折り合いをつけるしか無いだろう」
「殿。幕府管領殿が申していたことで気になることがございます」
「なんだ」
「幕府管領殿は、殿がこの九州に伴天連の国を作ろうと考えているのではないかと申しておりました」
吉岡長増は、大友義鎮を真っ直ぐ見つめている。
「ホォ〜、伴天連の国か・・・面白いな。それも良いかもしれん」
思わず視線を逸らす大友義鎮。
布教を許可した大友義鎮はまだ改宗はしていないが、禅に帰依しながらも伴天連の教えに強く心惹かれ、心安らぐものを感じていた。
この世は、乱世の世で幼き頃から心休まる時が無い。
実の父でさえ信用できない。
父である
義鎮派の家臣達が次々に殺される事態となったが、義鎮達の反撃により父と異母弟達を撃つことになった。
父達を撃つ事で殺されることを回避できたが、その結果、大友家家臣団に大きなわだかまりを残すことになった。
血の繋がる肉親達でさえ、敵に回り殺す殺される同族相食むこの世が、すっかり嫌になっていたところに現れた伴天連の教えは、乾き切った義鎮の心には慈雨にように感じられた。
「どうなのです」
「遠い将来のことは分からんな」
「殿!」
「今そんなことをするつもりは無い。だが遠い将来のことは分からん」
「殿はお忘れですか、豊後国で南蛮人たちに布教を許したらどうなったか。どれだけの血を流されるつもりですか」
大友義鎮が伴天連に布教を許可したため、仏教を信仰する多くの家臣達が怒り、その結果繰り返し謀反が起こる事態となっていた。
今はとりあえず大人しくしているが、幕府軍が来たら蜂起するもの達が出てきてもおかしくはなかった。
大友義鎮の伴天連への布教許可は家臣団に大きな不協和音を残したのである。
「長増。南蛮人との交易を続けるには、伴天連の教えを理解しておくと、有利では無いかと思うのだ」
「そのように考えているのは殿だけでは・・・商人達は儲かるか儲からぬかだけでしょう」
「そんな伴天連の話よりも、幕府との対話が先だ」
「分かっております。どの様にいたしますか」
「幕府に出す条件は、筑前国の放棄。それと、多額の銭を納めることを条件に交渉してくれ、今までの領地を手放せと言われると家臣達が蜂起して手がつけられんことになる」
「承知いたしました。早速朝廷に和睦の斡旋と幕府管領殿と条件交渉をいたします」
「頼むぞ」
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