第289話 博多商人
九州への軍勢の準備に追われている二条城。
上杉晴景は慌ただしく家臣達に指示を出していく。
二条城の中を指示を受けた家臣達と幕府の役人達が慌ただしく行き交う。
兵糧、軍船、兵の手配。やることはとても多く多岐にわたる。
神戸津には、上杉家の保有する千石を超える巨大な軍船が次々に集結してきている。
上杉領各地からの軍勢も京に集まり始めてきた。
そんな上杉晴景のもとに津田宗及が訪ねてきた。
「晴景様。お久しぶりでございます」
「天王寺屋か、久しぶりだな」
「晴景様は、相変わらずお忙しですな。この様子ではまだまだ楽隠居はできそうにありませんな」
「ハハハハ・・・まったくだ。次々に仕事が押し寄せてくる。毎日のんびりと茶の湯三昧で生きたいものだ」
「これから九州へお出かけですか」
津田宗及は、晴景が九州まで旅行に出かけるかのような軽い口ぶりで話しかける。
「その通りだ。流石にこれだけ船や兵が動けば分かるか」
「九州となると遠く、地の利がございませんでしょうから、九州に向かわれる晴景様に良き人物を紹介したいと思い参上いたしました」
「良き人物か」
晴景は、津田宗久の後ろに控えている若い男に注目する。
「はい、これなる若者は博多商人の島井茂勝と申します」
後に博多三英傑と呼ばれる三人の博多豪商の1人、島井宗室であった。
数年前に父親が放蕩三昧の挙句に行方をくらませたため、父の借金を背負う羽目になったが、家屋敷を処分して裸一環で再起するため、単身朝鮮半島に渡りそこで茶器に目をつけることで、再帰を図る足掛かりを得ることができ、そこから豪商への階段を昇っていく事になる。
19歳になろうとする島井茂勝は、堺での茶の湯の席で、たまたま知り合った津田宗及に上杉晴景へ紹介を頼んだのだ。
「宗及が紹介するとは珍しいな。まず、よほどのことがない限り儂に人なんぞ紹介しない男が、さて、どんな思惑があるのやら」
「ハハハハ・・思惑も何もございませんよ。たまたま知り合い、話をしてみて面白い奴だと思ったので、この男なら晴景様のお役に立つと思い連れて参りました」
「面白い奴か、宗及がそのように言うなら見所があると言うことだな」
津田宗及は笑みを浮かべている。
「島井茂勝と申すか」
「はっ、博多で商いをいたします島井茂勝と申します」
若者は緊張した面持ちで答える。
「お主の商いは何を扱うのだ」
「造り酒屋と土倉、茶器を扱っております」
この時代、土倉と言うのは金融業者の事を意味していて、質屋のように物を預かり、それを担保に金を貸すのである。
「酒と土倉と茶器か」
「それともう一つございます」
「それは何だ」
「情報!」
「ほぉ〜、それはなかなか聞かない商いだな」
「筑前・筑後・豊前の情報を集めて見せましょう」
「なるほど、確かに九州となると儂の手のもの達も手薄となり、情報を集めることも大変なことは確かだ」
九州となると情報を集める事に苦労する部分がある。
軒猿衆を増やしてきているが九州・四国となると手不足というしかない。
「さらに博多の商人達を晴景様にお味方するように説得いたします」
「出来るのか」
「必ずや。そうなればさらに多くの商人達から情報が集まりましょう」
「それで、お主は何を望む」
「神戸津の出入の権利と博多をお任せいただきたく」
「やれやれ、商人というのはどこまでも貪欲なものだ」
「それが商人というものでございます」
「分かった。良いだろう」
晴景の言葉を聞き、島井茂勝はほっとした表情をする。
「ありがとうございます。晴景様には、私から忠節の証にこれを献上いたします」
白木の小箱を出してきた。
「これは」
「大井戸茶碗にございます」
「何!」
晴景が箱を開けると深い椀型をしたやや茶色に近いような色合いを見せている茶碗があった。
「これを献上するというのか」
「はい、晴景様であれば茶器も喜びましょう」
「儂のことも調べ済みということか」
名茶器と言われる大井戸茶碗をあっさりと献上して、こちらの内側へ飛び込んでみせる姿勢に晴景は驚いていた。
「博多商人ならば、もっと策を弄して強欲に強かにくるかと思っていたが」
「強欲なる者には強欲に、誠をもって人に接する人には誠をもって臨む。商人としてそうありたいと思っています。晴景様は他の大名達に比べ、己の欲よりも天下太平を考えておられます。ならばこの島井茂勝もそれに相応しくありたいと思います」
「分かった。ならば大井戸茶碗をありがたく受け取ろう」
上杉晴景は、すでに茶器が褒美として使えることが分かったため、信長のように茶器を積極的に集め始めたところであった。
つい最近も
新田肩衝は、全体に丸みを帯びていて撫肩。梅松色の釉薬を使い黒色掛った黄緑色をしている。
島井茂勝が献上した井戸茶碗は高麗茶碗とも言われ、朝鮮半島で李氏朝鮮以前の昔に作られた茶碗。
大井戸茶碗となれば、秀吉の時代には5千貫文の値が付いた名茶器。
「島井茂勝、お主の働きに期待するぞ」
「必ずやお役に立って見せましょう」
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