第285話 茶人への褒美

上杉勢と共に京に戻った松永久秀は,大役を果たせた満足感に浸っていた。

本願寺への使者を志願し,今回比叡山延暦寺への使者を志願し無事にその役目を果たせた。

一歩間違えれば,逆上した相手に斬られる可能性もあった。

無事その大役を果たした父を労わる久通。

「父上,よくぞご無事で戻られました」

「儂も大役を果たし終えて満足だ」

「しかし,よくも本願寺,延暦寺への使者を志願なされましたな」

「大和国を与えてもらいながら大きな働きを示せていなかったからな。ここで大きな仕事ができて良かった。それに,焼き討ちで燃やされてしまうには,あまりにも惜しいものが多すぎると言うのが率直な思いだ」

松永久秀は,織田信長を何度も裏切ったり,三好家を乗っ取ったなどと言われたことから乱世の梟雄と言われているが,乱世の武将の中でもかなりの文化人でもある。

堺や奈良の一流の茶人達との多くの交流があり,松永久秀自身も一流の茶人として知られている。

また,元々の歴史では,三好三人衆との戦いで三好三人衆が東大寺に陣を構える前に,周辺が戦乱の地になることを予見して,東大寺の茶室が戦乱で燃やされることを避けるために解体して保護していたりした。

「しかし,武功を立てることができず残念です」

「確かに武功は必要ではあるが,無駄な血を流さずに済んだのだ。それで良しとせねばならん」

そこに上杉晴景が三好長慶と尼子晴久を伴いやってきた。

「邪魔するぞ」

慌てて居住まいを正す2人。

「これは晴景様」

「急にすまんな。楽にしてくれ」

「急にどうされました」

「久秀殿が我が使者として出向いて説得してくれたお陰で,本願寺,延暦寺との戦はなくなった。礼を言うぞ」

「大和国を賜って以降大きな働きをしておりませんでしたから,お役に立ててホッとしております」

「ならば,久秀殿に褒美をやろうと思う」

「本当でございますか」

「本当だ。それで褒美の領地・・」

「それでしたら,ぜひお願いがございます」

「願いか,言ってみろ」

「褒美をいただけるのでしたら領地ではなく,晴景様がお持ちである‘’九十九髪茄子‘’をいただけませんか」

松永久秀の言葉にびっくりする上杉晴景。

やがて笑い出す。

「ハハハハ・・・領地よりも茶器を望むか。お主は根っからの茶人ということか」

「お願いいたします」

松永久秀は頭を床につけて懇願する。

「名茶器は,茶人にはそれに相応しい褒美となるか。分かった。いいだろう。儂が持っている‘’九十九髪茄子‘’を久秀殿に褒美としてやろう」

「ありがとうございます」

「景家。‘’九十九髪茄子‘’を持って参れ」

しばらく待つと柿崎景家が白木の小箱を持ってきた。

白木の小箱は赤く染められている紐で十字に縛られている。

上杉晴景は,‘’九十九髪茄子‘’を受け取ると松永久秀に自らの手で渡す。

「久秀殿,中を見られよ」

松永久秀が紐を解き,蓋をとると布に包まれている姿が見える。布をそっとめくると濃い茶色の姿が見えた。

「おおおお・・・」

松永久秀はしばらくそのまましばらく固まったように動かなかった。

しばらくするとそっと手に取り,見惚れるように九十九髪茄子‘’を見つめる。

「このままでは,少し芸が無いな」

上杉晴景は,少し考えて‘’九十九髪茄子‘’が入っていた白木の箱の蓋を手に取る。

「儂がこの‘’九十九髪茄子‘’の箱書きをしてやろう」

箱書きとは茶道具などの銘や由来,歴代所有者などを箱に墨書きして残すことを言う。

この箱書き一つで茶器の価値を大きく変えるだけの影響をもたらすのである。

上杉晴景は筆を手に取り蓋の内側に茶器の銘である‘’九十九髪茄子‘’と書き,その横に自らの名前を書いた。

三好長慶と尼子晴久は,松永久秀が領地よりも茶器を欲したことに驚いていた。

「領地よりも茶器とは・・」

「久秀が茶の湯に傾倒している事は知っていたが,まさかここまでとは・・」

尼子晴久の言葉に三好長慶が同意するように呟いていた。

「2人の気持ちはわかるが,この茶器はそのうち千貫文の値がつく。いや,千貫文でも手に入れることができないかもしれんぞ。それほどの茶器だ」

「「晴景様。茶器が千貫文以上ですか」」

「そうだ。欲しい者達で銭があるものは,千貫文以上出す。間違いない。だが,それでも手に入れることはできないだろう」

あの小さな茶器が千貫文でも買えない。手に入らないと言われこの場にいるもの達は言葉を失ってしまう。

1貫文を約10〜15万程度とすると,日本円で1億〜1億五千万になる。

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