第281話 湖族

上杉晴景は,将軍足利義輝に本願寺の件を報告するために室町第を訪れていた。

2人は奥の部屋で余人を交ず密談している。

本願寺を2つに分け,東本願寺,西本願寺とすることができた。

東本願寺の門主は顕如として,西本願寺は反一揆の考えを持つものを選び,同じ考えの者達で周囲を固めさせた。

これで大きな一揆を起こす事は難しくなり,畿内における大きな憂いが一つ無くなった。

比叡山は今の所,幕府とは戦う意思が無い様に見せている。

幕府の力を畿内中に見せつけることができたため,畿内での騒乱や戦が起こる可能性は急速に減って来ている。

「晴景。此度はご苦労であった」

「上様。これで畿内の不安要因は大きく減ることになります」

「畿内の各宗教勢力も静かにしておる」

「畿内中の大名や国衆が,幕府に従う姿を天下に見せることができたのが大きいですな」

「今の所,比叡山も昔のように強訴ごうそを仕掛けるような無茶な事はできんだろう」

強訴とは,興福寺や比叡山が自らの要求を通すため,僧兵達に関係の深い神社の神輿を担がせて御所などに乱入。

神威を背景に強引に要求を認めさせることである。

比叡山であれば日吉大社,興福寺なら春日大社の神輿を担いで,神威を背景に脅しをかけるのである。

「もし,そのようなことを仕掛けてきても無駄なことです。神輿ごと叩き潰すまで」

「神輿ごとか・・・奴らが聞いたら罰当たりな輩だと大声で罵りそうだな」

「我らは武士は,ひとたび戦となれば,鬼に会えば鬼を斬り,神仏に会えば神仏を斬り,親に会えば情を捨て親を斬る。ただそれだけの事」

「やれやれ,そんなお主とやり合う連中が哀れに思えてくる」

将軍足利義輝は少し呆れたような表情をする。

「そういえば,本願寺包囲に琵琶湖の堅田衆が来て加わっておりましたな」

「堅田衆は将軍家に従うと言ってきた」

「ホ〜・・ならば比叡山が黙っているとは思えません」

「動くと思うか」

「動きます。比叡山とその背後にいる日吉大社が黙っているはずがありません。湖族と呼ばれ琵琶湖の水運を握る堅田衆が我らに付けば,琵琶湖の水運で得られる莫大な利益を失うことになります」

織田信長による比叡山焼き討ちは,琵琶湖水運により得られる利益を巡る争いが根本にあり,比叡山焼き討ちと同時にその背後にいる日吉大社への焼き討ちである。

信長が比叡山を焼き討ちにした時,その火が及んだとされているが,少し距離があるため簡単に飛び火するとは考えにくい。

最初から日吉大社を狙っていたと考えるべきだろう。

それに,信長が単に僧侶の風紀の乱れで軍勢を動かすはずが無い。

軍勢を動かせば動かすほどにそれだけ銭が飛ぶ。

経済を分かっている信長が,僧侶の日常生活の態度だけで数万の軍勢を動かしたと言う方が無茶であろ

せいぜい言いがかりを付けるための,大義名分程度の意味しかない。

そこには,琵琶湖の水運が生み出す莫大な利益を巡る戦いがあったと,考える方が妥当なはずだ。

そして,湖族にとって死活問題になりかねない問題が出てきている。

今までなら,若狭あたりで船から荷を下ろしたら陸路京へ向かうか,もしくは琵琶湖まで陸路,その後船を使うかの選択であった。

毛利家が幕府に忠誠を誓ったため,建設中の神戸津が完成すれば,大型船を作れば琵琶湖を通さずに一度に大量の荷が神戸津に持ち込める。

さらに,そこから淀川の水路を使い京へのルートが出来上がろうとしている。

海の交易路を握っているのは,上杉家とその同盟大名であり,幕府である。

敵対すれば神戸津に荷が集中して,琵琶湖を使った流通が大きく減ることになる。

「堅田の門徒衆も我らの指示に従って一揆に加わっておりませんから,堅田衆が将軍家に仕えるというのは本気と見てよろしいかと思います」

「本音では神戸津を潰したいが,周辺大名や国衆は全て幕府に従っている。従わぬのは,四国の一部と九州の大名。これでは,神戸津を潰せぬ。ならば擦り寄るということか」

「我らに擦り寄ることで,どうにかして今の利益を維持したいと言ったところでしょうか」

「ならば,せいぜい使ってやるとするか。神戸津が出来上がっても琵琶湖の水運の重要性は変わらん。我らが握っておかねばならん」

「琵琶湖の水運を狙っているのは他にもおりますからな」

「浅井が六角と朝倉の楔から抜け出したいようだ。そのためには琵琶湖の水運は欲しいであろうな」

「幕府でここは抑えねばなりません。他にくれてやるなどあり得ません」

「フッ・・当然だ。せっかく向こうから来てくれたのだ。逃さぬようにしっかりと取り込むべきだろう」

「ならば,少し突いてみますか」

「藪から蛇が出るのではないか」

「フッ・・大蛇を気取った小さな蛇程度でしょう。問題無いかと」

「分かった。任せる」

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