第282話 強訴
京の都に向かって街道を進む僧兵達とそれに付き従う一団がいた。
僧兵達はそれぞれ手に槍や薙刀を持ち,人によっては弓を持ち,腰には刀を差している。
僧兵達に付き従う一団も同じように,槍,薙刀,刀,弓で武装していた。
その集団に中に神社の神輿が3つ僧兵達に担がれていた。
神輿には金箔が貼られ赤く染められた綱で飾り付けられ,神輿の上には鳳凰らしき鳥が飾られているものと宝珠が飾られているものが見られる。
神輿の屋根には神社の紋と思われるものが彫られていた。
僧兵達が神輿を担ぐためのかつぎ棒は黒く漆塗りされている。
僧兵達は,久しぶりの強訴で神仏の権威を傘に着て,存分に暴れてやろうと浮かれていた。
「久しぶりの強訴だ。存分に暴れてやろう」
「京に入ったら我ら神仏の使いに十分な布施をしてもらわねばならんな」
「ハハハハ・・・布施ではなく,奪い取るの間違いであろう」
「我らが手にすれば,全てのものは布施になる。手段なんぞ関係あるまい」
「布施か,手に入るものなら何でも構わんぞ」
「なるほど,全ては布施か,それはいいな」
「確かに,我らこそ神仏の使いよ」
「まずは,堅田の里と琵琶湖は我ら比叡山と日吉大社のものだと認めさせねばならん」
「心配あるまい。我ら神仏の使いに面と向かって文句を言える者はいない」
「強訴を仕掛ければ,結局は我らの要求は全て通ってきたのだ。拒否はできん」
「拒否したら,神輿を全面に押し出して京の街中で存分に暴れるだけだ」
「儂らがある程度暴れてから要求を受け入れて貰えばいい」
「クククク・・・少しは美味しい思いをさせて貰わねば・・役得というやつだ」
僧兵達は自分達こそ神仏の使いだと言わんばかりに自信にあふれ,堂々と進んでいく。
途中,その姿を見た百姓たちは,恐れ慄き逃げ出すか平伏するのであった。
そんな百姓たちの姿を見た僧兵達は,ますます自信を深め,表情からは傲慢さが滲み出ている。
途中にある家々を打ちこわし,平伏する百姓を威嚇するかのように進む。
京に向かう街道筋には僧兵達の笑い声が鳴り響いていた。
僧兵達が比叡山方面より京に向かっている情報は,すぐさまその知らせが二条城に届けられ,上杉晴景から直ちに上杉家の兵達に指示が飛ぶ。
「僧兵は,比叡山の僧兵であろう。そうであれば日吉大社の神輿を担いできているはず。強訴であろうな」
「強訴でございますか」
三好長慶は,強訴と聞いて厳しい表情を見せる。
「堅田衆が,幕府に従うことが気に食わんのだろう。堅田の里と琵琶湖の水運利権は自分達のものだと考えているのだ。それを返せと言いたのだろう。呆れるしかあるまい」
「ですが,日吉大社の神輿があるとなれば腰がひける者達も多いかと思われます」
強訴が始まった平安時代は,朝廷も貴族も庶民も祟りや呪いを非常に恐れていた時代。
今は乱世ではあるが,まだまだ人々には祟りや呪いなどに恐れ慄く部分が強くあった。
特に神社の神輿となればなおさらである。
朝廷もどうにかしようと武士を雇い対抗しようとしたがうまくいかなかった。
強訴に対抗するために雇われた武士達は,北面の武士と呼ばれていた。
「此度は,我が上杉の手勢で対処しよう。ちょうど良い機会でもある」
「ちょうど良い機会とは」
「神輿を担いでの強訴など,もはや何の意味も無いことを天下に知らしめる事ができる良い機会ということだ。神仏を俗な欲望のために利用した強訴などは,これで終わりにさせねばならん」
「大丈夫なのですか。寺社の神輿は御畏れ多いものと言われております。朝廷も祟りを恐れて直接手出しをしてこなかったもの」
「長慶。そのようなことは気にする必要は無い。宗教家達に本来あるべき姿に戻ってもらう。ただそれだけのことだ。神輿を使い神仏を利用し,人々を脅して自分達の俗な要求を叶えようなどとは呆れるほかあるまい。景家」
上杉晴景は,柿崎景家を呼ぶ。
「はっ,ここに」
「僧兵の数は」
「僧兵は3千。信徒と思われもの達が2千。日吉大社のものと思われる神輿を3つ担いで来ております」
「我らですぐに動かせる数は」
「我らの軍勢は,すぐに動けるものは8千。少し時間をいただければあと7千」
「すぐに動けるもの達8千に鉄砲2千挺を用意。僧兵達を京の都に立ち入らせるな」
「はっ,承知しました」
「儂も向かうことにする。馬を引け」
上杉晴景は自ら8千の軍勢を率いて京の北へと向かった。
僧兵の一団は間も無く京の都に入る手前で,上杉勢により進路を阻まれることになる。
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