第279話 暴発
細い三日月が照らす深夜。
3千人近い僧兵と一向一揆達がそれぞれの得物を持ち,幕府が本願寺の見える場所に築城している城に向かっていた。
全体を指揮している僧兵が立ち止まると他の者達が立ち止まった。
「これより,目障りな幕府の城を燃やす」
「本当に大丈夫なのか」
他の僧兵達が不安を口にする。
「幕府におもねるもの共に籠絡された顕如様であっても,我らが成功すれば顕如様もお考えを変えてくださるはず。摂津は我らのもの。我らの庭先でちょこまかと動き回る上杉の犬どもを,築城中の城もろとも焼き滅ぼしてくれる。ここを叩き燃やせば勢いづくことができ,畿内中に火の手を上げることができる。畿内中に広がれば,いかに幕府といえどもどうにもなるまい」
そこに物見に出ていたものが戻ってきた。
「数人が警戒しているくらいだ。これなら一気に制圧できる」
「分かった。よしいくぞ!」
僧兵と一揆勢は静かに動き出す。
城門近くまでくると警戒している兵が気がついて一斉に逃げ出した。
「ハハハハ・・・幕府や上杉の兵なんぞ。この程度だ。一気に攻め潰せ」
僧兵と一揆勢は抵抗無く城門にたどり着く。
「城門が開いているぞ」
「よし,いくぞ」
一揆勢が城門に取り付き,城門を開けていく。
相手いく隙間から僧兵や一揆勢が我先に城内に入っていく。
「なんだこれは」
城門の中は誰もいない何もない広い空間になっていて,奥に白い壁が見える。
所々に篝火が焚かれ,壁の所々に三角の穴のようなものが見受けられる。
さらに壁に向こうには高櫓が見える。
壁際には,上杉家の旗印,足利将軍家の旗印,そして菊水の旗印があった。
戸惑う僧兵と一揆勢にいる中,上杉晴景の声が響き渡る。
「よくぞ来た本願寺の者ども。幕府管領上杉晴景である。お前達がここに来ずに,大人しくしておれば本願寺は安泰であったであろう。だが,お前達がここに攻め寄せて来たため,その罪は本願寺に及ぶことになる。目の前にある旗印を見たであろう。その旗印は許可をいただき掲げている。つまり,たった今よりお前達が朝敵であることが決まった。ご苦労であった」
「し・しまった・・」
上杉晴景の言葉が終わると同時に,壁の穴から銃身が現れ一斉射撃が始まる。
「いかん。退け・・・」
城門の外からも鉄砲の射撃音が響き渡り始めた。
中と外からの鉄砲の攻撃に逃げ惑う僧兵と一揆勢。
必死に逃げ出した半数が手傷を負いながらも逃げだす。
必死に本願寺に戻ろうとして走る軍勢に,伏兵として待ち構えていた上杉勢が襲い掛かる。
「クッ・・・伏兵か」
上杉の長槍が隙間なく並べた槍襖を作り襲い掛かる。
一揆勢も必死に応戦しながら逃げるが1人また1人と倒れていく。
伏兵による攻撃でさらに数を減らし,本願寺に戻れたのはわずか十数名であった。
翌朝,幕府管領上杉晴景の名で畿内の大名と全ての国衆に動員令が発せられ,同時に各地の一揆勢の拠点となっている寺院の武装解除を命じていた。
さらに,淡路水軍と村上水軍には海上を封鎖するように命令が下った。
また,京の都では厳重な警戒態勢が敷かれている。
既に,上杉,三好,松永の軍勢は続々と集まり始めている。
上杉晴景の下に三好長慶がやって来た。
「三好勢は先に1万の軍勢が到着いたしました。残り1万は夕刻までには到着いたします。松永久秀は5千の軍勢を引き連れ先ほど着陣いたしました」
「我が上杉勢は1万5千。十分戦える軍勢ではあるが畿内の他の大名が揃うまでは待つことにする。向こうが攻めてくれば叩き潰すまでだが」
「各大名,国衆には急ぎ参陣するように指示しておりますので,さほど時間がかからずに集まるものと思います」
そこに松永久秀が入ってきた。
「松永久秀,お召しにより参上いたしました。すぐに用意できる軍勢を集め急ぎ参りました。あと3千の軍勢が後程到着いたします」
「久秀。久しぶりである。大和国の運営はうまくいっているようだな」
「晴景様のお力添えの賜物です」
「お主の才覚によるものだ」
「此度は畿内中に動員令を発せられました。どれほど集まるのですか」
「10万を超えるの軍勢になるだろう」
「10万ですか!」
10万という軍勢の多さに驚く松永久秀。
「既に海の封鎖は始まっている。さらに主要な街道筋は,上杉と三好で封鎖を始めているところだ」
「敵の分断と兵糧攻めでございますか」
「商人達に武器や兵糧を本願寺に売らないように,儂が命を下していたため碌な兵糧も無かったであろう。籠城の備えも碌に無いうちに,一部のものが暴走したのだ。大して兵糧も無いから,長くは持たんだろう。全ての街道と海からの搬入路を完全に封じたら,たちまち干上がることになる。さらに畿内の各拠点には武装解除の軍勢が入って各拠点の分断を始めている。本願寺への援軍は来ることは無い」
松永久秀は,上杉晴景の手際の良さに驚くと同時に恐ろしさも感じていた。
「相変わらず見事なまでの手際でございますな。ならば,あとはどこまで本願寺が我慢出来るか,それ次第ですな」
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