第276話 商いの国摂津の始まり

神戸津の工事は順調に進んでいて,巨大な防波堤が徐々にその姿を見せ始めていた。

自然の巨石だけでは無く,混凝土で少し歪な形の物を作り,それらが海中で噛み合い密着するようにすることで,波に強く波で崩されないことをめざして徐々に工事を進めていた。

神戸津の防波堤工事と並行して,摂津国に新たな街の造成と農地の拡充を進めることにする。

上杉晴景は,淀川の広大な湿地を見渡せる場所にいた。

「淀川の下流域に広がるこの広大な湿地使えるようになさるのですか,と言うかこの広大な湿地を使えるようにできるのですか」

同行している三好長慶が疑念を示す。

「可能だ。湿地の中に幾つもの水路を作り,湿地の水を川に流すようにする。水路を掘った土はそのまま周囲の土地の嵩上げに使えばいい。そうなれば,水路を使った商業を中心とする新しい街がこの日本に出来上がる。江戸では,同じことを景虎が陣頭指揮をとって進めている。既に実例があるのだ。難しい事は無い,同じことをやるだけだ」

上杉晴景は,湿地を街と田畑に変えたら,沖合の海も埋め立てて土地を作り出すことを考えていた。

「なるほど,ただ単に水路を作るだけでなく嵩上げをして将来の街を作り上げる。街にしない部分はそのうち田畑として拡大していく」

「その通りだ」

「ですが,本願寺が邪魔をするのでは」

「もはや奴らにそこまでの力は無い。有力大名,高位の公家,朝廷との婚姻は強く制限をかけている。既に幕府の力で,畿内・山陰・山陽道を制圧しほぼ直轄領と化している。畿内での年貢は昔より下がり,食糧は年々増産に向かっている。この状況で幕府に逆らうなど狂気の沙汰。今度こそ終わることになる。それでも戦うなら,儂が直々に引導を渡してやろう」

既に,朝廷の門跡に簡単になれないように仕組みを変え,高位の公家や各地の大名と勝手に婚姻で結びつかないように通達を出していた。

本願寺を包囲した場合,籠城戦の兵糧を海から運び込ませないために,摂津の海を抑える淡路水軍を傘下に加え,さらに強化。

毛利家を幕府の傘下に収め,幕府に忠誠を誓わせた。

毛利元就は,忠誠の印に石見銀山から産出される銀の半分を毎月献上している。

毛利元就麾下となった村上水軍が本願寺に味方する可能性は既に無い。

籠城しても兵糧を用意して届けてくれる相手はもはやいない。

「ならば,同時に本願寺牽制のために城を築きますか」

「そうだな。湿地工事の監督のためとして広大な城を作って見せつけてやるか」

「おそらく,それを見た主戦派が怒り出し揉めますな」

「それならそれで好都合。可能なら内輪揉めに介入して,本願寺を2つから3つに分割してしまえたら上出来」

「本願寺分割ですか」

「どんな組織でも最大の敵は内部にいるものだ。それは,宗教も同じ。人とは貪欲であり,虚栄心に突き動かされ,名誉を求め,常に他者と己を比べる生き物だ。そして,高い地位にいる者達の中には自分こそが頂点に相応しいと考える者達が常にいるものだ。そんな者達を焚き付けて内部対立を誘い,分割することが最もいいだろう。そうなれば,力はさらに弱体化する」

三好長慶は,驚いていた。

本願寺分割を口にしたと言うことは,既にそのため策が動き出している可能性がある。

もしかしたら数年前から策の仕込みをしているかもしれない。

あの一揆で結束する本願寺を内側から分裂させよう考えることが信じられなかった。

「まさか,既に本願寺に策を・・・」

「既に数年前より策は始まっている。淡路水軍を我が麾下に加えて摂津の海を抑え,海からの兵糧搬入をいつでも阻止できるようにする。本願寺が婚姻による強化を考える前に先に制限を加え,敵の味方になりそうな所を先に叩き潰しておく。敵の内部の反主流派を見つけて密かに手を貸してやる。領民の年貢を下げ,食糧を行き渡らせ領民を懐柔する。戦いの前に打てる手はまだまだあるぞ」

「なんと」

「長慶」

「はっ」

「我ら武家は,罪深い人殺しを行う。そこから我らが逃げれば,世はさらに乱れる。それゆえ我らは,地獄に落ちることを覚悟で刃を振るわねばならん。世の安寧のために身内が敵に回っても,涙を捨て,情を捨て,大義の旗を立てて打ち倒して進まねばならん。だが,民百姓はそうでは無い。そんな者達に戦で死ねば極楽など言うもの達は信用できんだろう。違うか!」

「晴景様」

「フッ・・儂の勝手な思いだ。気にするな」

「地獄を覚悟されているのですか」

「武家ならば,常に覚悟の一つぐらい必要だろう。そんな覚悟も無く人を殺めるなら,畜生にも劣ることになる」

「ならば,摂津干拓と築城はこの三好長慶にお任せください」

「長慶。やってくれるか」

「はっ,お任せください。日本中が驚くものを作ってご覧に入れましょう」

「ハハハハ・・・大きくでたな。いいだろう。長慶に任せよう。存分に腕を振え」

上杉晴景は,目の前に広がる湿地帯を見つめてる。

その湿地帯が生まれ変わり,幾つもの水路が流れてそこを行き交う多くの船,商人たちで賑わう街,それを見守る巨大な城を想像して淀川の湿地帯を見ていた。

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