第272話 山名への警告(2)

因幡国守護代である山名豊定は、兄で但馬国守護である山名祐豊やまなすけとよに老臣を使者を送っていた。

「なんだと、豊定は儂を裏切ると言うのか」

「裏切るなどとはとんでもない。我が主人である豊定様は、幕府に刃向かうわけにはいかないと申しております」

「それがそもそも儂に対する裏切りなのだ」

「では、祐豊様は幕府に刃向かうおつもりでしょうか」

「幕府なんぞ将軍と管領をすげ替えればいい話だ。今までもそうやって力のあるものが将軍をすげ替えてやってきた。儂が京に攻め込んで将軍をすげ替えて見せる」

山名祐豊の言葉に使者だけでなく、周囲の家臣たちも思わず顔をしかめる。

「祐豊様は周辺や畿内の情勢をご存じですか。山城国、丹波国、河内国、摂津国を含む畿内一帯,この他に播磨国、美作国,備前国、備中国,これらは完全に将軍家の直轄領となっております。大和国は将軍家の息のかかったものが治めており、尼子は将軍家に服従を誓いました。毛利は既に将軍家に忠節を誓っております。毛利元就はわざわざ姫路に出向き、管領様に頭を下げたと聞きました。さらに東国は幕府管領上杉晴景様の勢力でほぼ占められてきております。これをどうやってひっくり返すというのですか」

「そ・・それは・・」

「ご忠告は申し上げました。それでは失礼いたします」

使者は立ち上がり去ろうとした。

「あ・・忘れておりました。幕府管領上杉晴景様が言っておりました。この城の中には、幕府管領様に同心する者たちが多くいる。手段を選ばなければ簡単に首が取れると申しておりました」

「な・・なんだと・・儂らを馬鹿にするな。家中にそのような不届き者はいない」

「それと、幕府管領様がこの本丸にある蘇鉄の木の根元を掘ってみろと、山名祐豊殿に申すように言われてました」

「蘇鉄の木だと」

「はい、そう申されていました。それでは今度こと失礼いたします」

山名豊定の使者は城を出ていった。

しばらく山名祐豊は面白く無い表情をしていた。

「誰か、蘇鉄の木の根元を調べよ」

家臣が慌てて出て行った。

しばらくすると家臣が何かを手に戻ってきた。

「殿。これが蘇鉄の木の根元に埋まっておりました」

それは油紙に包まれた長細い物だ。

油紙を解くと漆塗りの文箱が出てきた。

文箱を開けると1枚の短冊があった。

その短冊に

  ‘’生を重んずれば則ち利を軽んず‘’

  (命が大事なら、欲を軽くせよ)

と書かれていた。

「儂を馬鹿にしやがって、儂が欲まみれだと言いたいのか」

「殿、これは上杉晴景の手のものが埋めたという事ですか」

家臣に言われてハッとする。

「いつの間に埋めたのだ。本丸の目の前だぞ」

「上杉の手の者が埋めたとしか思えません。ならば、この城の中に、本当に幕府管領に同心している者たちがいると言う事でしょうか」

「このことは誰にも言うな。警戒を今まで以上に厳重にせよ。いいな」

「はっ」

此隅山城は急に警戒厳重な体制に変わっていた。

夜になると多くの篝火が焚かれ、城内の至る所に警戒のための兵が立っている。

山名祐豊は、警戒を厳重にした城内で周辺の国衆への書状を書くため、1人部屋の中で自らの文箱を開ける。

その中に1枚の短冊があった。

「馬・・馬鹿な・・」

その短冊には

  ‘’生を重んずれば則ち利を軽んず‘’

と書かれていた。

さらにその下にもう一枚の短冊がある。

  ‘’無知蒙昧なり‘’

と書かれていた。

激昂した山名祐豊は2枚の短冊を破り捨てる。

「この城の中に、上杉の手先がいる。裏切り者がいる。この部屋に近づくことができるには側近たちだけ、まさかその中に・・・」

山名祐豊は、刀をいつでも抜けるように横におき、眠れぬ夜を過ごすことになった。

風の音が戸を揺らす音に何度も怯えていた。

夜が明ける頃、ウトウトしていると突如襖を開ける音がした。

慌てて反射的に刀を抜いた。

部屋の入り口で驚き固まっている側近達。

「殿。どうされたのです」

「来るな!儂の首を取りに来たのか!」

「何を言われるのです」

山名祐豊の目の下には濃いクマができていた。

目は異常にギラついている。

近づくことができず、異常な言動をする主君に驚き、家臣たちは主君の家族を呼びに行く。

嫡男と奥方が来てようやく落ち着いた姿を見せた。

山名祐豊はそのまま眠り、夕刻を少し過ぎた頃に目を覚ました。

部屋には誰もいない。

しかし、枕元にまた1枚の短冊があった。

  ‘’生を重んずれば則ち利を軽んず‘’

山名祐豊は大声をあげ刀を抜いて構えていた。

1週間後山名祐豊は隠居して、嫡男が家督継いで幕府に全面的に従うことを表明。

但馬国衆たちと共に姫路に赴き、幕府管領上杉晴景に謝罪。

但馬国衆は幕府に全面的に従うことを確約するのであった。

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