第269話 尼子仕置き

尼子晴久は、美作国で上杉晴景率いる幕府軍に敗れ、どうにか居城である出雲国月山富田城に戻ることができていた。

付き従って戻れたのはわずか百人ほど。

皆傷だらけでボロボロである。

多くの者たちが鉄砲による傷を負っていた。

美作国を通り1万5千の軍勢で播磨に攻め込みながら敗北した。

わざわざは雨の日を狙い、上杉が得意とする鉄砲を封じての戦いであり、勝って当たり前、負ける要素のない戦いのはずであった。

しかし、上杉勢は雨の降る中、平然と鉄砲を使って攻めてくる。

雨で火縄の火が消えて使えないはずの鉄砲を普通に使ってきた。

上杉の鉄砲は使用不能のはずのため、かさばる竹束は持っていかなかったために、竹束も無く防ぐ手立ての無い尼子勢は鉄砲の的でしかない。

さらにそこに大量の油を使った火攻め。

火攻めの煙で同士討ちする者たちが続出した。

そんな中で、ボロボロになりながらもどうにか生きて帰ることができた。

「晴久様、よくぞご無事で」

重臣で留守を預かる宇山久兼は労いの言葉をかける。

宇山久兼は晴久の祖父である経久つねひさの時代からの忠臣であった。

ぼろぼろになりながらやっとの思いで辿り着いた城で休む間も無く状況を確認する。

「備前側はどうなった」

「備前側1万の軍勢は、完膚なきまでに叩かれ負けたそうでございます。備前側の上杉勢は、幕府管領様の御舎弟である上杉景虎様が大将として采配を振るったそうです。山名殿は一色が大将となり丹後・丹波国衆を但馬との国境付近に集結させていため動けず。睨み合いの状態だったそうです」

「そうか」

「晴久様がご無事なら立て直すこともできます」

「多くの者達を失った」

「ですが、生き残ることはできました。幕府管領様は強うございましたか」

「ああ・・強かった。完敗だ。雨で使えぬはずの鉄砲を、雨の降るなか普通に使ってきた。さらに火攻めに伏兵まで用意していた。さらに山名が我らの支援に入れぬように国境に釘付けにするとは・・・」

「こっちのやることを全て見透かしたような手の打ち方でございますな」

「宇山」

「はっ」

「幕府管領上杉晴景様に和睦を申し入れたい。使者を頼めるか」

「はっ、承知いたしました。ですが和睦というよりも恭順の意を示し幕府側の示す条件を丸のみするしかないと思われます」

「そうであろうな、我らにはそれしか無いだろう。これほど多くの者達を失ったのだ。もはや戦う力は残されていない。お前の忠告通り戦をやめておけば良かったが、全てはすでに終わった話だ。幕府の意向には全て従う。使者を頼む」

「承知いたしました」




上杉晴景のいる姫路城にて尼子家に対する評定が開かれようとしていた。

広間奥の中央に上杉晴景。

向かって左側に上杉景虎。右側に三好長慶がいた。

「尼子家家臣宇山久兼と申します」

「幕府管領上杉晴景である」

「和睦をお願いいたしたく参上いたしました」

「和睦か・・・元々攻めてきたのはそっちであろう。少し不利になったら和睦か、我らはこのまま戦いを継続でも構わんぞ」

「お怒りは重々承知しております。我らは幕府のご指示には従う所存でございますが、何卒寛大なお心でお願いいたします」

宇山久兼はひたすら低姿勢で頭を下げ続けている。

上杉晴景は、肘掛けに右肘を乗せしばらく扇子を開いたり閉じたりを繰り返していた。

「宇山久兼」

「はっ」

「幕府の沙汰に従うのだな」

「はっ、幕府の沙汰には間違いなく従います」

「ならば、尼子家に対する仕置きを申し渡す。まず、尼子晴久への仕置きである。本来なら尼子晴久に腹を切らせるところであるが、尼子晴久の罪を減じて尼子晴久は隠居。尼子家当主は嫡男が継ぐものとする。なお、隠居した尼子晴久は、京の都の上杉家二条城詰めとする」

「寛大なる御処置ありがとうございます」

「まだ、仕置きは残っているぞ」

「は・はい」

「次に領地である。本来ならば全て召し上げるところであるが、領地は、出雲・伯耆・隠岐のみとする。なお、美作国・備前・備中は幕府が管理をする。備後・石見国は毛利家に任せるものとする。仕置きは以上である。もしも、沙汰に異議を唱えるなら全てを失うと心得よ」

「御沙汰は全て承知いたしました」

尼子晴久は隠居の上、上杉家二条城へ送られることことになり、美作・備前・備後は幕府へ。石見・備前は毛利となった。

毛利元就からはこれ以上の領地拡大はせず、幕府に忠節を尽くすとの書状が送られてきた。

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