第268話 備前国

尼子晴久の敗走により美作国には、上杉晴景率いる幕府軍が入って美作国の掌握に勤めていた。

備前から播磨に攻め込んだ尼子勢1万は、景虎が立ちはだかりこれを撃破。

景虎はそのまま備前に進行を開始。

1万の軍勢の壊滅により政情不安となっている備前国。

「景家」

上杉景虎は、柿崎景家を呼ぶ。

「はっ、ここに」

「周辺の情勢はどうなっている」

「散発的な抵抗は見られますが問題ありません。大半は我らの軍勢を見た瞬間、抵抗をやめて投降して、恭順の姿勢を見せております」

「備前掌握にはさほど時間はかからぬな」

景虎は満足そうにしていた。

「景虎様。備前金川城主の松田元輝まつだもとてる殿と嫡男の松田元賢まつだもとかた殿がお目通りを願っております」

「よかろう、通せ」

しばらくすると2人の人物が入ってきた。

2人は景虎の背後に掲げられている足利将軍家の家紋が入った旗印に一瞬視線を向け、すぐに景虎に視線を戻した。

景虎の背後には3つの旗印が置かれている。

上杉家の竹に雀。

景虎の掲げる義。

足利将軍家の丸に二つ引きの紋。

「備前金川城主松田輝元と申します。これなるは嫡男の元賢にございます」

「上杉景虎である。幕府管領上杉晴景様より尼子勢を打ち払い備前平定を命じられている。今後しばらくの間、備前国は幕府の管理下に置かれる」

「承知いたしました。もとより将軍家に逆らうつもりはございません」

松田元輝は、景虎の背後に足利家の紋が掲げられていることで、幕府管領の独断では無く将軍足利義輝の意向が働いていることを感じ取っていた。

「景虎様。尼子と浦上はどうされるおつもりでしょう」

「尼子は今回のことで大幅に領地を減らすことになる。尼子晴久がそれを飲まなければ、幕府の手で尼子を終わらせることになる。浦上家に関しては、播磨国の混乱の一因となったのは、播磨守護代であった浦上政宗が赤松祐豊に謀反を唆したことにある。備前の浦上家がそこに加担していなければ咎めることは無い。ただし、我らに従えばという条件がつくことになるが」

「備前浦上家の中心は、浦上政宗殿の弟の宗景殿でございます。尼子に従う政宗殿と違い、宗景殿は備前国衆をまとめ共に尼子に抵抗しており、信用に足る人物と思います」

「幕府にとって信用に足る人物かどうかが問題なのだ。浦上宗景ならば間も無くここにくることになっている」

そこに柿崎景家から声がかかる。

「景虎様、浦上宗景殿がお見えです。如何いたします」

「ここに通して良い」

「承知しました」

しばらくして1人の若い男が入ってきた。

「備前和気郡天神山城主、浦上宗景と申します」

「上杉景虎である」

「御目通り叶い恐悦に存じます。我ら備前浦上家は、兄である政宗とは縁を切っており、長年にわたり兄と戦っておりますので、播磨国の謀反には関わっておりません」

「そのことは分かっている。今後、備前は幕府の管理下に置かれる。聞きたいのは幕府に従うのか、親毛利の姿勢を続けるのかである」

浦上宗景は、戦の時に備中の三村から支援を受けている。三村は親毛利の備中の国衆。

「ついでに申しておけば、幕府管領である我が兄・晴景は毛利元就に備後と石見までは認めるがそれ以上は認めんと元就に直接面と向かって申したぞ」

「直接・・?」

幕府管領上杉晴景様と毛利元就が直接会ったと聞き怪訝な表情を見せる浦上宗景。

「最近、毛利元就が姫路城にまでわざわざ出向いてきて幕府に従うことを表明して帰った。色々条件はつくが備後と石見までは毛利の領有は認める。それ以上は認めんと言われ、元就もそれを承知していたぞ」

「お待ちください。毛利元就殿は備前を通っておりません。播磨に行くには備前を通るしかありません。しかし、毛利元就殿が備前を通ったと言う話は聞いておりません。通れば必ず我らに話があるはず。何かの間違いでは」

「毛利元就殿は村上水軍を使い海から姫路に入り、会談後にまた海を使い帰ったぞ」

「なんと・・・」

この場にいる備前の国衆である3人は、自分達の知らぬところで既に毛利元就と幕府管領上杉晴景が直接会談を持ち、全てが決まっていたことに驚いていた。

「ならば、我らは幕府に従うことしか選択の余地はございません。我らは幕府に従います」

「承知した。暫くの間、守護は置かずに将軍家直轄領として幕府の管理下に置かれることになる。実質的に将軍様が備前守護大名の位置づけだな」

「尼子はどうされるおつもりか」

「今回、備前から播磨に入った軍勢が1万。美作から播磨に入った軍勢が1万5千。これらがほぼ壊滅している。尼子は当分戦うことはできんだろう。先に攻め込んできたのは尼子だ。幕府からは領地を大幅削減の命が降る。従わなければ尼子は終わる」

残りの備前国衆も素早い変わり身で幕府の意向に従うと表明してきた。

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