第267話 尼子敗走

尼子晴久は播磨侵攻の準備と対毛利の備えを終え、美作国で攻め込む時を待っていた。

空は朝からどんよりと曇り今にも雨が降り出しそうな雲行きであった。

吹いている風もどこか湿ったような匂いをさせている。

尼子の陣営に播磨方面の天候を読める領民の中で、特に当たると言われたもの達を呼び寄せている。

「殿。領民達の天候の読みは、これより少なくとも明日の朝ごろまでは降るだろうと見ているようです」

徐々に雨が降り出してきた。

「天は我らの味方だ。これより播磨を切り取るぞ」

床几より立ち上がると家臣たちに命じる。

「上杉の最大の力は鉄砲だ。鉄砲は雨が降れば使えん。そこを突いて一気に奴らを崩す。皆の者播磨に出陣せよ」

尼子晴久は美作国にいる1万5千の軍勢に命じた。

備前にいる尼子の軍勢1万も雨を合図に播磨への進軍を開始していた。

雨が降る中を尼子軍は播磨国に入っていく。

雨で上杉が得意とする鉄砲が使えないという言葉を信じて先を急ぐ。

森を抜けて見通しのきく場所に出た時であった。

鉄砲の射撃音が響き渡った。

「馬鹿な、雨で鉄砲は使えないはず・・・」

尼子晴久は、軍勢前方から聞こえてくる鉄砲の音を聞き驚きの声を上げていた。

最初の1発を合図に鉄砲による総攻撃が始まり、鉄砲の音が絶え間なく聞こえて来る。

後方に逃げようとする軍勢と前に行こうとする軍勢で尼子軍は混乱状態となった。

今度は森の中から爆発音と共に数多くの火の手が上がる。

煙が風に乗り尼子の軍勢に流れ込む。

「どうした、何が起きているのだ報告しろ」

大量の煙が尼子晴久の下にも風に乗って流れ込んできている。

「殿。上杉勢が周辺に油を撒き火を放ったようです」

湿った木々が油で無理やり燃やされ猛烈に煙が出ている。

尼子軍は煙により目の痛みを訴えるもの、煙により咳が出る達が続失していた。

煙が混乱に拍車をかけるのであった。




上杉晴景の陣営

上杉の鉄砲隊は敵が雨の日に来るということで雨対策をしっかりと行っていた。

火縄は雨に強い雨火縄を使用。

火縄に漆を塗ったり、蝋を塗ってあり雨に強い火縄である。

特に重要な火皿の部分には、皮で作られた雨覆いと呼ばれるカバーを用意。

それでも晴れの日に比べれば使い方に大幅な制限が出てしまのは仕方ないことであった。

これだけの準備をしてやっと使える程度である。

しかし、雨対策をして使っても、長時間使えばどうしても湿気で火薬に火が付かないことも起こり得るため、長時間の使用はできない。

雨の日の鉄砲は牽制程度と考えるしかないだろう。

これで敵を倒せれば儲けと思うしかない。

他にも雨の日に攻めて来る事が分かっているならば、他にも準備はできる。

森の中に燃える水(石油)の入った樽を大量に隠し、鉄砲隊の攻撃に合わせて隠してある樽に焙烙玉を投げて爆発させ、一気に周辺に火が回るようにしていた。

風向きで煙が尼子軍に流れ込むのは偶然のご愛嬌だ。

流れ出る油に火がつき、尼子の軍勢を炎が囲んでいく。

燃える水だから簡単には消えない。

「孫一。大砲の用意はいいか」

「はっ、いつでも大丈夫です」

「よし。大砲を撃て」

準備していた大砲による攻撃が始まる。

まだ混乱が波及していない尼子の軍勢後方を狙う。

尼子軍の後方に着弾していく。

煙で視界が悪く、雨で足元が悪い中に大砲による攻撃が着弾していく。

何が起きているのか分からず逃げ惑う尼子本陣の兵達。

大砲の攻撃が終わると長槍隊が一気に尼子の軍勢に突進していく。

尼子の先鋒は一気に突き崩されて後退を始める。

「長慶」

「はっ」

「尼子勢後方に置いた伏兵はどうなっている」

「全て抜かり無く、大砲の攻撃が終わり次第攻め込む手はずですので、間も無く攻めかかる頃と思われます」

「分かった」

尼子の軍勢はどんどん後退していく。

森の中で火を放った上杉の兵達は、弓矢を手にして煙の中を逃げ惑う尼子勢に矢を放ち始める。

煙の中を逃げ惑う敵に次々に矢が刺さり倒れていく。

軍勢の混乱を収束できないまま後退をするしかない尼子勢に上杉の伏兵が襲い掛かる。

上杉の伏兵が逃げてくる尼子本陣に突撃していく。

槍を縦横無尽に振り回し、太刀を振り回して切り込んでいく上杉勢に不意を打たれる尼子本陣。

煙で視界が悪い中、1人また1人と討たれていく。

伏兵の攻撃で多くの者達が討たれ、その中を尼子晴久は数名の近習達と共に伯耆国ほうきのくにへと逃れて行った。

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