第265話 琵琶法師

出雲国月山富田城

城内に琵琶音色が響き渡っている。

琵琶を奏でているのは、座頭でありながらも琵琶の弾き語りと鍼灸や薬の知識で尼子家の家臣となり、尼子晴久の寵愛を受けている角都かくずである。

この時代盲目の人々は、琵琶法師となり琵琶の弾き語りをするか、鍼灸やあん摩で生計を立てていた。

角都もそんな1人ではあるが、それは表の顔であり、裏の顔は毛利元就が尼子に放った情報収集と情報操作のための腕利きの忍びであった。

しかし、尼子晴久はそんな事は知らずに領内の情報収集に角都を使うようになっていた。

定期的に琵琶の弾き語りと鍼灸やあん摩をする名目で領内を回らせ、領内の情報を集めさせているのだ。

角都はそれを最大限に利用している。

尼子家家臣の中でも最大勢力で精鋭揃いと言われている家臣団に新宮党があった。

その新宮党に謀反の動きありと尼子晴久に吹き込み、新宮党を尼子家の手で始末させることに成功している。

いま、角都は平家物語を題材に琵琶の弾き語りをしていた。

尼子晴久はゆっくりと酒を飲みながら琵琶の弾き語りに聞き入っている。

「見事だ。いつ聴いても角都の琵琶は見事なものだ」

「恐れ入ります」

「角都。最近の領内の様子はどうだ」

「最近では美作国の領民たちが怯えております」

「なぜだ」

「播磨国が幕府軍に制圧され、それが美作国まで飛び火するのではないかと危惧しているからです」

「播磨では、新しい幕府管領殿が直々に動いておられるようだ」

「幕府の軍勢の足軽と思われる者達が美作国の村々を襲っていると聞き及んでおります」

「それは本当か」

「本当かどうかはわかりませんが、美作国では皆が噂してります」

「だが、この先の毛利との戦いを考えればできるならば幕府との揉め事は避けたい」

尼子晴久は、大内家が毛利元就に滅ぼされたことで、毛利元就の勢力が一気に巨大化したことで、この先非常に厳しい戦いを強いられることを予感していた。

そのため、できたら力を持ち始めた幕府を盾代わりに使い、毛利と幕府を友倒れさせることはできないか考えていた。

「但馬国の山名様は生野銀山を幕府に召し上げられたと聞いております」

「それは、儂も聞き及んでいる」

「幕府は尼子様の石見銀山も狙っているのではありませんか」

「石見銀山は儂のものだ」

角都の言葉に声を荒げる尼子晴久。

「ですが、山名様は実際に生野銀山を取られ、さらに幕府から攻められようとしていると皆が噂しております。領民たちは幕府は但馬国・美作国を取り、出雲・石見を狙うのでは無いかとしきりに噂しております」

「幕府如きにやられる我らでは無い」

「美作国ではもう一つ妙な噂を聞きました」

「妙な噂」

「確認したわけではございませんが、毛利側から播磨におられる幕府管領様に盛に使者が往来しているとか」

「毛利と幕府管領殿と連絡を取り合っているだと」

「確認したわけではございません。単なる噂。ですが、何もなければ噂は立ちません。噂が出るだけの何かがあるということではないかと思う次第」

尼子晴久は何も言わずに考え込んでいた。

そこに尼子の使う鉢屋党の忍びが入ってきた。

鉢屋党は歴史を遡れば平将門に仕えていた一族。

平将門が戦に敗れ、鉢屋党は全国に散った。

時代が流れ、あるものは風魔の忍びを作り、あるものは尼子に仕えていた。

そして毛利の領内にも鉢屋の子孫達がいた。

尼子晴久の前に頭目・鉢屋弥之三郎がいる。

常に顔を布で隠しており尼子晴久以外は素顔を見せないと言われている。

「弥之三郎、どうした」

「最近、美作国で野盗が村々を荒らしていると聞き配下の者に調べさせたのですが、我々の動きを掴まれたのか、美作国に配下のものが入ったら野盗が出なくなりました」

「出なくなったのは良かったではないか」

「ですが、そのかわりにとんでもない話を聞いてきました」

「とんでもない話しだと」

「野盗に襲われた村の領民たちが隠れていたところ、野盗達のとんでもない話しを聞いたそうです。その内容は、野盗はどうやら幕府側の軍勢が幕府管領殿の指示で野盗に姿を変えて動いているような話をしていたそうです。さらに、幕府と毛利が手を組み但馬から石見まで分け合い、石見銀山の銀も折半で分け合うことで決まりそうだと話していたそうです」

報告を聞いた尼子晴久は厳しい表情に変わった。

尼子晴久は肘掛けである脇息きょうそくに右肘を掛け右手を顎に当てて考えごとに集中していた。

「確か、山名から話がしたいと書状がきていたな」

「昨日届いております」

「山名に承知したと伝えよ」

「よろしいのですか」

「かまわん」

「承知しました」

「山名も幕府も毛利もまとめて儂が喰らってやる。利用できるものは利用するまでだ」

角都は薄らと目を開け口元に笑みを見せ、鉢屋弥之三郎も角都を見て口元に笑みを見せていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る