第264話 謀神
弘治3年4月(1557年)
安芸国吉田郡山城
「殿。
「ほ〜こいつは大したもんだ。そうだ、せっかく来たんだ。上がって酒でも飲んでいけ」
毛利元就は右手で白い顎髭を触りながら家臣と魚の話に花を咲かせていた。
「猪が取れたぞ。殿。鍋にでもして食べてくれ」
「これは立派な猪だ。こいつは腹一杯になるぞ。ハハハハ・・・。お前は酒は飲まんかったな。酒は飲みすぎると体に悪い。飲まんお前は立派なもんだ。酒を浴びるほど飲む奴に、お前の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいだ。そうだ、餅があるから餅を食っていけ、ついでに土産に餅を持っていけ」
家臣達と楽しそうに歓談する元就であった。
「父上」
「おう・・隆元か、どうしたそんなしけた顔をして」
浮かない表情をした毛利隆元であった。
「少々込み入った話しですので奥の部屋へ」
2人は吉田郡山城の奥の部屋と移動した。
「惣無事令と幕府管領殿の件はどうなさるのです」
「その話しか、なかなか面倒な話よ」
「既に東播磨の別所は敗れて幕府管領上杉殿に従いました」
「三木城はかなり堅固な城であったな」
「かなり備えの堅固な城であったと聞いています」
「それがあっという間に突破されるか」
「世鬼一族の頭領である世鬼政時からの報告によれば、大砲もしくは大筒と呼ばれる鉄砲を巨大化したものを使い城を破壊したとのこと。鉄砲といい、大砲といい、上杉の扱う武器は恐ろしい威力です」
世鬼一族とは、毛利が使う忍びの一族である。
「隆元」
「はい」
「上杉家の恐ろしさは、鉄砲や大砲などでは無い。そんなものは上辺にすぎん」
「上杉の強さは、鉄砲や大砲では無いと・・・」
「南蛮渡りの鉄砲の威力は、全ての大名はよくわかっている。多くの大名達は使えるなら使いたいと思っているはずだ。だが、実際に戦で運用できているのは、上杉家とその同盟大名だけだ」
「鉄砲が高額であるからですか」
「鉄砲は高額だが徐々に値段が下がってきている。鉄砲は一度買えば手入れさすれば永く使える。問題は火薬だ」
「火薬」
「火薬はとても高価だ。火薬の材料が日本には無いからだ。その高価な火薬を戦のたびに大量に使うことは、大内を滅ぼして大内の領地を手にした儂らでも無理だ。だが、上杉は湯水の如く火薬を遠慮なく使ってくる。つまり財力の差、銭の力だ」
「上杉の兵は弱いから銭の力を使い鉄砲を使うのでは」
「逆だ。強いぞ。皆、剣術や槍の鍛錬を欠かさぬ者たちばかり、数多くの陰流の免許皆伝者を抱えていると聞いている。皆直属の軍勢に入るために切磋琢磨しており、精鋭揃いらしいぞ」
「強いのに鉄砲を使う」
「幕府管領上杉晴景殿は、自ら鍛え上げた精鋭に絶対と言っていいほどの自信を持っていると伝え聞いている。それにもかかわらず徹底的に鉄砲を使う。かなり用心深いのであろう」
「さらに世鬼政時の報告では、播磨守護は廃止して将軍家直轄領とし、赤松晴政を代官のような位置付けにするようです」
「そういえば赤松晴政の倅が謀反に手を貸してほしいとか書状が届いていたな」
「赤松義祐は尼子寄りにもかかわらず我らに助けを求めるとは、呆れた奴ですが手を貸して恩を売りますか」
「やめておけ。幕府に我らを攻める大義名分を与えるだけだ。そもそも、惣無事令は幕府が西国の大名たちを攻めるための大義名分を得るためのもの。迂闊に動いてしまうと幕府御敵か朝敵にされるぞ。今の幕府は一昔前とは違って力を持ち始めている。警戒が必要だ」
「如何します」
「仕方ない。残念だが、播磨は放っておくことにする」
「尼子が支援に動くのでは」
「尼子も動かんよ。尼子晴久はあれでなかなかの切れ者。火中の栗を拾うような真似はしない」
「赤松義祐は見捨てられることになりますか」
「仕方なかろう。自力で謀反ができないなら、やるべきじゃ無いだろう。他人任せの謀反なんぞ、いずれ失敗するか操り人形で終わり、惨めな最後を迎える。仕方ないが播磨は諦めることにするか、だが尼子の持つ石見銀山は欲しい」
「石見銀山ですか」
「そうだ。尼子と山名を上手く幕府にぶつけて、幕府管領殿に手助けする形にして石見銀山を幕府公認で貰いたいものだ」
「父上。流石に尼子と山名が今の幕府相手に戦いますか」
「山名は東播磨の別所支援に向かう時に、上杉の掲げた将軍家の家紋に大量の矢を打ち込んだそうだ。これは立派な謀反人だろう」
元就はおかしくて仕方ないと言わんばかりの態度である。
「討伐されるなら山名は戦うということですか」
「そこに山名の味方として尼子を引き摺り込ませたいな」
「確かにその状態なら大手を振って幕府管領殿に味方として尼子に攻め込めますな」
「う〜ん。ならば上杉が使った手を我らも使わせてもらうか」
「それは一体」
「別所が頼りにしていたのが山名からの援軍。三木城攻めで上杉家が扮する偽の山名勢が三木城包囲に加わっているところを見せつけ、別所勢に山名が裏切ったという気にさせて籠城の意欲を削ぎ落とした」
「我らもそれに倣うということは、偽の上杉勢を演じて尼子領を荒らすということですか」
元就は不敵な笑みを見せる。
「その通りだ。あとは尼子晴久の下にいる座頭衆を動かすか」
座頭衆とは盲目の琵琶法師を隠れ蓑にする毛利の忍びである。
毛利は尼子晴久の下に1人の琵琶法師を潜り込ませ、信頼を得た上で尼子配下最大勢力の新宮党を謀反の濡れ衣を着せて尼子晴久の手を使い葬っていた。
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