第259話 弾劾状
東播磨の別所氏の居城三木城では、慌ただしく戦の準備が行われている。
上杉晴景を総大将とする幕府軍が京の都を出発したとの報告が入ったためだ。
「兵糧と城の備えを確認しろ」
別所就治は家臣たちに指示を出していた。
「敵の数は分かるか」
「敵の数は1万5千との事」
家臣の報告に考え込む。
「播磨国衆と但馬国山名殿からの援軍はどうなっている」
「未だ返事はございません」
「もう一度使者を出せ」
「はっ」
援軍要請のため家臣達が出ていく。
「殿、上杉側より書状でございます」
別の家臣が上杉側からの書状を持ってきた。
別所就治は、書状を手に取り目を通していく。
別所家が周辺の他領を攻め込み自領にする行為は、惣無事令に違反する行為であるとの弾劾状であった。
当然その書状は幕府管領上杉晴景の名で送られてきている。
「舐めおって」
「父上、どうされたのです」
別所就治は嫡男の安治に怒りで破れかけた弾劾状を渡す。
「今、詫びを入れ占領した領地を放棄すれば、儂と安治が出家して、三木城を破却すれば命までは取らぬと言っておる」
「しかも、戦が始まったら降伏は一切認めぬとまで書いてあります」
怒りに震える別所就治。
「上杉の軍勢はどれほどだ」
別所就治の声が三木城に響き渡る。
「物見の報告では1万5千とのことです」
「河内や大和では5万もの大軍であったと聞いたのだが・・・」
「父上、我らは舐められているのです。噂が流れてきております。上杉の兵達は別所の兵なんぞ一捻りだと盛んに吹聴しているとか。ここは夜襲をかけましょう。舐めきった奴らに敗北というものを教えてやりましょう」
別所安治は夜襲なら上杉勢を撃破できると考えていた。
「焦るな。上杉が来るまでまだ数日かかる。播磨国衆や但馬の山名殿に援軍を頼んでいる」
「ですが」
「我らは5千程度。上杉の河内攻めや大和攻めの時よりも軍勢が少ないとはいえ、大軍には変わりない。上杉は戦さが上手いと聞いている。焦りは禁物」
「殿」
「どうした」
「但馬国守護である
家臣が一通の書状を手渡してきた。
「ほぉ〜、これは面白い」
「父上如何されました」
「一部領地と引き換えではあるが、山名祐豊殿が我らに味方してくださる」
「一部の領地ですか・・仕方ありません。背に腹は代えられませぬ」
「領地なんぞ後から取り返せばいい。問題あるまい。山名殿も上杉には思うところがあるようだ。成り上がり者に負けるわけにはいかんと思っておられるようだ」
「成り上がり者ですか」
「山名家は管領職に就いたことのある名門だ。上杉が管領職に就いたことが許せんようだ。書状で上杉に対して敵対心を見せている。上杉が我ら三木城に襲いかかった時に背後から襲いかかるそうだ」
「なるほど、挟み撃ちとなればいかに上杉といえどもひとたまりもないでしょう」
三木城では戦いに向けた準備が進められていた。
「そうか。但馬国守護の山名祐豊も撒いた餌につられてきたか」
上杉晴景は軒猿衆から但馬国守護の山名祐豊が別所支援に動くとの報告を受けていた。
「しかし、こうもあっさりと我らの計略にかかってくれるとは・・・」
景虎は少し呆れていた。
上杉勢は総勢約5万の軍勢であったが、わざと1万5千の軍勢であるかのような噂を播磨国と但馬国に流していた。
さらに、上杉の兵達が驕り高ぶっているかのような噂も一緒に流していた。
「山名祐豊は儂が幕府管領に就いたことが相当気に入らんようだぞ。周囲に儂のことを成り上がり者と言っているようだ」
「但馬と因幡を維持するのがやっとの身でありながら、兄上に嫉妬するなど愚か者としか言いようがありません」
「欲と嫉妬で目が曇るから、状況判断ができずにうまそうな話に飛びつくのだ。そもそも河内国に5万程の軍勢を出しながら、今回は1万5千と聞いて不審に思わぬ時点でダメであろう」
「兄上が別所に弾劾状を送りつけて煽ったからではありませんか。山名も別所と手を組み、我らを挟み撃ちにしようなどとは、もはや呆れるしかありません」
「あの程度で冷静さを欠くようでは別所も大したことは無い。景虎」
「はっ」
「景虎は、2万の軍勢を率いて山名を蹴散らせ。副将として三好実休をつける。山名は5千の軍勢だそうだ。問題あるまい」
「承知」
「その時に、我ら上杉の旗印と一緒に足利将軍家の紋である丸に二つ引きの旗を掲げよ。そして先に山名に攻めさせよ」
「将軍家の旗印を使ってよろしいのですか」
「上様には許可をいただいている」
「将軍家の旗印に先に矢をいかけさせる。つまり山名祐豊の謀反の証ということですね」
「その通りだ。山名を蹴散らしたら、山名家の持つ生野銀山を確保せよ」
「生野銀山ですか、かなり有望な銀山と聞いています」
「自領で手一杯の者に生野銀山は勿体無い。生野銀山は天下のために使うべきだ」
「なるほど、生野銀山の件も承知しました。全てこの景虎にお任せを」
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