第255話 孫一の上洛
雑賀党鈴木孫一は父鈴木佐大夫と共に、京の都にある上杉家二条城に向かっていた。
孫一は歩きながら思わずため息をつく。
「孫一諦めろ。お前が言い出した条件を向こうが飲むといった以上断れんぞ。将軍家も絡んでいる」
「はぁ〜・・・分かってる」
「余計なことを言わず、ただ断れば良かっただけだ。カッコつけて自分を大きく見せようとして、大きな条件を出したのことがそもそもの間違いだ」
「普通、あの条件は飲まんぞ、しかも相手の方から、さらに倍に引き上げたぞ」
「さらに言えば、ノコノコと相撲に参加したことが間違いの始まりだ」
「そ・・それは・・」
「だが、死に体状態の将軍家を立て直し、将軍様の右腕とも言える方だ。仕えることができるなら悪く無いかもしれん」
「親父もそう思うのか」
「上杉家は巨大だ。今の上杉家では、本来なら簡単に直臣になれんぞ」
「確かに」
「将軍家の直轄領は全くなかった。だが、上杉晴景は自らの力で畿内を将軍家直轄領に変えてしまった。これで足利将軍家は息を吹き返した。さらに畿内の覇者と呼ばれた三好長慶を戦わずに従えてしまった。お前はそんな人物に仕えることになる。それを肝に銘じておけ」
無言で頷く孫一。
そんな2人の前に上杉家の二条城が見えてきた。
「で・でかいな」
二条城の周囲には、広く深い堀が巡らされている。
堀の内側には、混凝土で作られた灰色の城壁。
戦になれば、攻め手に手足をかけて登る場所を与えることも無く高くそびえることになる。
「あの壁は何で出来ているのだ」
二条城を見つめる孫一が呟く。
「儂も初めてみる。今まで見たことも無いものだ」
壁の内側にはいくつもの櫓が見える。
「とんでもない程に攻めずらい城だ」
「うむ・・壁を登ろうにも手足をかける隙間がない。鍵爪を引っ掛ける場所も見当たらん」
「しかも壁の高さがかなりあるぞ」
「門から攻め入るしかない。だが、周囲をこれだけ攻めにくく作ってあるのだ。門周辺もかなり攻めにくいのではないか」
2人は二条城を見ながらお互いの意見を話していた。
そこに柿崎景家が近づいてきた。
「鈴木孫一殿とお見受けします」
「間違いなく。鈴木孫一でございます」
「上杉家家臣柿崎景家と申します。我が主人、上杉晴景様がお待ちです。案内いたします。どうぞこちらに」
柿崎景家が鈴木孫一達を案内して大手門から中に入っていく。
大手門をくぐると何もない広い空間になっている。
周囲をよく見ると離れた建物に隠れて鉄砲を撃つための仕掛けが見える。
戦いの時は、侵入者の進路を簡易的な柵などで遮り、狙い撃ちにするのだろうなどと考え事していると、柿崎景家において行かれそうになり慌てて後を追う。
建物に入ると歩くたびに床が音を立てる。
「柿崎殿」
「どうされた」
「この床は歩くたびに音が鳴る。これは一体」
「これは忍び込んでくる侵入者をいち早く発見するために、わざと音が鳴るように作られているのです。鶯張りと呼ばれてます」
「鶯張りですか」
鈴木孫一はその場で足を踏み出して音の鳴り具合を確かめている。
柿崎景家からすれば、見慣れた光景。
初め鶯張りを体験するもの達は、自らの足で何度も音の鳴り具合を調べる。
ほぼ例外なく皆同じような行動をとるため、本人達が納得するまで様子を見ることにしていた。
「そろそろ宜しいかな」
「あっ・・・申し訳ない」
「では、こちらへ」
しばらく進むと柿崎景家が立ち止まる。
「この部屋に晴景様が居られます。くれぐれも失礼のないようにお願いいたします」
中に入ると広間になっている。
奥の中央の一段高くなっている場所の中央に上杉晴景が座っている。
その手前に三好長慶達重臣が控えていた。
鈴木孫一は広間の中央まで進むとゆっくりと座る。
「紀伊国雑賀党鈴木孫一参上いたしました」
ゆっくりと頭を下げる。
「鈴木孫一。遠路はるばる大義である。鈴木孫一どうするか決めたか」
「はっ、この鈴木孫一をぜひ家臣の末席におくわえいただきたくお願いいたします」
「よかろう。条件は、大和国で奉納相撲の時に話した通り年1000貫とする」
「はっ、ありがたき幸せ」
「孫一には、柿崎景家と共に鉄砲隊を指揮してもらうことになる。そのつもりでいてくれ」
「それほどの大役。しっかりお役を務めさせていただきます」
「さて堅苦しい挨拶はここまでで良いだろう。よく来てくれた。儂の方から礼を言うぞ」
上杉晴景が頭を下げた。
鈴木孫一は驚いた。家臣に頭を下げる大名がいることにである。
「頭を上げてください。困ります」
「実際、孫一が来てくれて助かる部分も多々あるのだ。儂の素直な気持ちだと思ってくれ」
「・・承知いたしました」
「これより無礼講といくか・・用意してくれ」
晴景の声で家臣達が酒を運び込んでくる。
「畿内でも指折りの銘酒だ。皆、好きなだけ飲んでくれ」
上杉家二条城での酒宴は深夜にまで及んだ。
鈴木孫一と柿崎景家は張り合うように酒を飲み続けていた。
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