第254話 奉納相撲
大和国内での一向一揆の問題も決着がついた。
そのため興福寺側から幕府の命には従うとの約定も出された。
「これで大きな問題は片付いた。興福寺の武装解除までは出来なかったが、当面は問題無いだろう。あとは上手く領内をまとめ、国衆をまとめていくことだ」
上杉晴景は、可能なら興福寺の武装解除も考えていたが、興福寺側は一切の軍事行動を取らずに静観の構えだったため今回は断念することにした。
「晴景様。興福寺には上手く逃げられましたな」
三好長慶の言葉に苦笑いの上杉晴景。
「今回は興福寺側が上手く立ち回ったと言う事だ。あまり欲張っても上手くいかん。今回はここまでだ」
「では、大和国は松永久秀に任せることでよろしいので」
「上様には、お願いして許可をいただいてある。問題ない」
「承知いたしました」
そこに柿崎景家がやってきた。
「晴景様。全ての準備が整いました」
「分かった。いくとするか」
春日大社に近い場所に本陣を移動させており、本陣の目の前には土俵が造られていた。
周辺には多くの家臣や国衆が控えている。
「これより大和国の平定を祝して、春日大社の神への奉納相撲を執り行う。本日この場での酒は儂からの皆への褒美である。好きなだけ飲め。ただし、酔っての喧嘩や刃物沙汰は厳禁である」
近くには大量の酒樽が積み上げられている。
春日大社の神主がやってきた。
厳粛な雰囲気の中、神主が土俵の前で
祝詞が終わると神主達も相撲を見学するため本陣側の見学席に座る。
力じまんの猛者達が次々に土俵に上がり勝負が始まるたびに歓声が上がる。
娯楽の少ない時代のため周辺の領民たちも見にきている。
上杉晴景は、相撲を見ながら大和国の名物を食べていた。
「これが、鮎鮨か」
開いた鮎に飯の詰めて発酵させたなれ鮨の一種のようだ。
箸で一口大に切り食していく。
「ほ〜。なかなか美味い」
酒粕に漬けたウリに箸を伸ばす。
酒粕の風味が口いっぱいに広がる。
この酒粕に野菜をつけた漬物は大和国が発祥の地のようだ。
晴景は椀を手に取る。
椀の中には、はくたくと呼ばれるものが入っている。
このはくたくと呼ばれるものがうどんのルーツと言われるものらしい。
小麦粉を練って薄く伸ばしたうどんに近い麺のようなものだ。
それを穀物と塩で作られた味噌に近い
そして、最後にいただくのは
簡単に言えば昔のチーズ。
牛乳を7〜8時間かけてじっくりと1/10まで煮詰めて固めたものらしい。
キャラメルに近い色で微かな甘さを感じるて癖になる美味さだ。
「晴景様」
「景家どうした」
「旅の者が相撲に参加したいとのことですが、いかがいたします」
「旅の者?」
「紀伊国の鈴木孫一と名乗っています」
「その者をここに呼んでくれ」
柿崎景家が孫一と名乗る男を呼びにいく。
若い男がやってきた。
「鈴木孫一と申します」
「相撲に参加したいそうだな」
「見ておりましたら自分の力を試したくなりまして」
「いいだろう。その前にまずは1杯」
晴景はなみなみと注いだ酒を孫一に渡す。
孫一をそれを飲み干して土俵へと向かう。
晴景の背後から伊賀崎道順の声がしてきた。
「晴景様、あの男は紀伊国雑賀党をまとめる鈴木孫一。別名雑賀孫一と呼ばれる男です」
「あの男が紀伊国惣国の一つ雑賀衆を動かす男か」
「はい、間違いございません」
目の前の土俵では孫一が力じまんの男達を投げ飛ばしている。
「これは面白い奴が来たな」
孫一が10人抜きをした所で呼び寄せる。
「孫一。見事だ」
晴景は再びなみなみと注いだ酒を渡す。
孫一は再び飲み干す。
「いい飲みっぷりだ」
「これくらいは水と同じ」
「気に入った。儂のところにこんか、家臣として召し抱えてもいいぞ」
「俺は高いぜ、そうだな。年500貫ならいいぜ」
年500貫、大名家の家臣の中で家老クラスの収入になる。
いきなり現れた旅の男に年500貫出す大名はいない。
武田信玄でさえ山本勘助を雇うとき年100貫を提示して山本勘助が感動し、他の武田家家臣が驚いたほどだ。
鈴木孫一は不敵な笑みを見せている。
孫一にしたら、相手が絶対払えないと思える高額年俸を吹っかけているつもりであった。
「いいぞ」
「流石に年500貫は出せないだろうから儂は辞退さ・・・・・」
「だからそれで構わんと言っている」
「えっ・・・500貫だぞ」
「だからそれで構わんと言っている」
「・・俺の聞き間違いか・・酒に酔ったのか・・・この程度の酒で酔うわけは・・・」
「だから500貫出すと言っている」
「ちょ・・ちょっと待ってくれ・・あんた酒に酔ってるんだじゃないか」
「儂は酒を一滴も飲んでいないぞ」
「いや・・おかしいだろ。いきなり会った相手だぞ。今日初めて会った相手だぞ」
「何度も言っている。500貫出す」
「いや・・おかしいだろう」
「なんだ不足か。ならば年1000貫だそう。これで文句あるまい」
「1000貫!・・1000貫だと」
驚愕の表情の孫一。
自らわざと吹っかけた倍の金額を提示され、引くに引けない状態となってしまった。
晴景は紙に何か書いている。
「儂はこれから京の二条城に戻る。後日、これを持って二条城に来るといい。城の者達には伝えておく」
渡された紙には、紀伊国雑賀党鈴木孫一を年1000貫で雇うことが書かれ、上杉晴景の花押も入った正式な約定であった。
「今日は、実に面白い日であった。ハハハハ・・・・」
晴景はゆっくり立ち上がり三好長慶らと共にその場を後にした。
三好長慶が歩きながら晴景に問いかけた。
「晴景様、あの男に1000貫とは、本気ですか」
「長慶。あの男は事実上守護不在の紀伊国で惣国の一つ雑賀党鈴木家の当主だ」
「奴がですが」
「そうだ。兵を1人も動かすことなく雑賀衆が手に入るなら、年1000貫は安いものだ。年1000貫で紀伊国に楔を打ち込むことができる」
「なるほど」
「さて、孫一の奴は自ら言い出したことだ。どうするか見ものだ」
ほくそ笑む上杉晴景であった。
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