第253話 大和国一向一揆の終焉

上杉晴景は軒猿衆から報告を受けていた。

今井郷に一向一揆に紛れ込ませて送り込んである軒猿衆たちから、備蓄してある兵糧の位置と量、今井郷の詳細な見取り図の報告が届いていた。

「なるほど全部で2カ所か」

「いつでも燃やせます」

伊賀崎道順は自信たっぷりに答える。

「燃える水(石油)は十分にあるか」

「問題無く」

「分かった。間も無く日が暮れる。ならば今夜にでも奴らの備蓄している兵糧を全て燃やせ」

「承知」

伊賀崎道順はすぐさま今井郷の兵糧を燃やす準備入った。


月が雲に隠れる深夜。

周囲に灯りはひとつも無い完全な闇の世界。

伊賀崎道順率いる50名の忍びは、今井郷へと近づく。

すると門が開かれた。すでに今井郷に送り込まれている軒猿衆たちの手引きであった。

皆無言のまま中に入っていく。

事前に打合せされた班に別れ、与えられた目標に走る。

全員見取り図は頭に入っており、悩むこともなく自分の家の庭のごとく動いている。

伊賀崎道順たちが見取り図に従い進むと兵糧を備蓄している場所にたどり着いた。

そこを守っていた見張り兵も伊賀崎道順が送り込んでいた配下の者たちであった。

すぐに中に入り燃える水を撒いていく、そしてすぐに火を放った。

燃える水は勢いよく燃え、あっという間に広がって兵糧を焼いていく。

軒猿衆たちはすぐさま今井郷から脱出を始める。

途中、別の場所からも火の手が上がった。

軒猿衆が全て脱出する。

最後に門に残っている燃える水をかけて火を放った。

門に放たれた火は、大きく燃え上がり城壁へと燃え広がっていく。

全ての軒猿衆は今井郷の兵糧を燃やし尽くし、門を燃やして上杉勢の本陣へと戻って行った。

上杉晴景は、本陣の中で今井郷から燃え上がる炎を見ていた。


今井郷の兵糧を燃やして3週間が過ぎた。

2週間が過ぎた頃からさらに揺さぶりをかけ始めていた。

「武器を捨ててこちらに逃げてきたものには、飯を腹一杯食わせてやるぞ」

「この握り飯は美味いな、どうだお前たちも食いたいだろう」

「味噌汁はうまいぞ」

「この漬物も美味いな」

「飯がたらふく食えて、食い切れんほどだ」

敵の弓が届かぬ位置でわざと飯を食わせ、大声で聞こえるように話をさせていた。

夜になると次々に投降してくる一向一揆たち。

門が燃やされているため出ていく者たちを抑えることができない。

「何も食べてない。お願いだ何か食わせてくれ」

痩せほそった一向一揆の者たち。

「食わせてもいい。だが、今後一揆には加わらないとお前たちの信じる仏に声に出して誓うことが条件だ」

「分かった。だから飯をくれ」

どれほど効果があるかは分からんが、一揆に加わらないことを誓わせてから胃に負担にならない粥を少しずつ与える。

一気に与えると死んでしまうからだ。

豊臣秀吉による鳥取城の飢え殺しと同じになってしまう。

長期間何も食べていない状態で多くの食べ物を与えてしまうと、急激な代謝の変化で様々が合併症を引き起こし、死亡してしまうか急激な体調悪化を招く。

秀吉の飢え殺しで開城後に多くの者たちが飯を食べた後に死んでいる。

さらに粥を与えながら呼び寄せた僧侶たちを使い、一揆に加わる愚かさを説いて聞かせるようにしていた。

弱って思考力が落ちているときは、こちらの言い分を信じ込ませやすいからだ。

いよいよ昼夜を問わず、一向一揆勢にゆっくり寝る時間を与え無いため、数発ずつ砲撃を始める。

時間も同じ時間にならないように、砲撃と砲撃の間隔も変えて大砲を数発ずつ打ち込んでいく。

眠る時間も無く、目の前ではうまそうに飯を食う上杉勢を見つめる一向一揆の者たち。

眠りそうになると大砲の砲撃で強制的に起こされ、翌朝になると飢えに耐えかねた者たちが逃げて行く。

今井郷を取り囲む土塁や城壁・櫓は、大砲の砲撃で半分近くが崩れて役目を果たせないほどになっているため、逃げ出す者を遮る物は無い。

今井郷から白旗を掲げた者が上杉本陣に向かって歩いてくる。


「河合清長と申します」

今井郷で一向一揆勢の中心となっている1人であった。

すでに痩せほそり、歩くのもやっとのようであった。

「上杉晴景である。要件を聞こう」

「この河合清長の命で今井郷の皆をお救いいただきたい」

「お主の命と取ってもなんの意味も無い。いらん。その代わり条件がある」

「その条件とは・・・」

「今後、今井郷において堀・土塁・城壁と思われるものを作ることは禁止。そのようなそぶりがあれば、叛意ありと見なして今度は1人残らず殲滅する。信仰は認めるが今井郷以外で教えを広めることも禁止である。信仰は今井郷の中だけとする。そして信仰を認める代わりに武器を持つこと禁止する。当然、武器を集める素振りを見せたら叛意ありと見なす」

「そ・・それは・・・」

「儂は無理を言っているつもりは無いぞ。静かに穏やかに暮らせと言っているだけだ。戻って協議するといい。我らは1年でも2年でもこのままで構わんぞ」

「少しお時間をいただけますか」

河合清長は、協議するために今井郷に戻っていった。

そして、全ての条件を飲み上杉晴景に降ることが決まったのであった。

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