第252話 雑賀党鈴木孫一
紀伊国雑賀の里
雑賀党鈴木家の頭領である鈴木孫一の下に畠山高政が訪れていた。
部屋の中には鈴木孫一と父である鈴木佐大夫が畠山高政の話を聞いている。
「佐大夫殿、孫一殿。雑賀衆の力を貸してもらいたい」
畠山高政は、鈴木孫一に頼み込んでいた。
いや、頼むと言うよりも命じていると言った方がいいだろう、まるで自らの家臣に命じているようだ。
「くどい。何度言っているようにお断りだ。我らは幕府・上杉家と事を構えるつもりは無い。他を当たってくれ」
「紀伊国守護である儂が直々に頼んでいるのだぞ」
鈴木孫一は薄ら笑いを浮かべていた。
「紀伊国守護ときたか・・・ハハハハ・・・」
「何がおかしい」
「この紀伊国に守護なんて存在してないぜ」
「何だと」
「都合のいい時だけ守護を名乗んなよ」
「無礼な」
「守護を名乗るなら紀伊惣国たる紀伊国を畠山の力だけで平定して見せな」
紀伊国は、元々国衆の力が圧倒的に強く各地の国衆が独自の自治組織とも言うべき惣国を形成しており、守護は名目にしかすぎず、事実上守護大名不在の国の一つであった。
「何だと」
「我ら雑賀衆、粉河衆、根来衆、高野山を畠山だけの力でねじ伏せてみせな。そうしたら紀伊国守護と認めてやるよ」
「貴様」
畠山高政は顔を真っ赤にして怒りを露わにしている。
「だいたい河内国を奪われたと言っても、元々は安見の奴らに支配されていたんだろ。そこが将軍家直轄に変わっただけだ。何も変わらんだろう。それなのに碌に報酬も出さずに、河内国攻めの先鋒を務めろとか、大和国に出陣している上杉晴景を狙撃しろとか、冗談じゃ無いぜ。俺たち雑賀衆はあんたの家来じゃ無い。仕事として依頼するなら、それ相応の銭を払ってくれ。そうだな〜上杉晴景を狙うなら前金で2千貫。成功したら3千貫。合わせて5千貫払ってくれ」
「銭を払えだと!紀伊国守護たる儂の命が聞けぬというか」
「何度も言っている。紀伊国に守護はいない。俺たちはあんたの家来じゃない。いいかげん分かってもらいたいな。それに、俺たちを利用して上杉家に喧嘩を仕掛けるのはやめてもらいたいな。相手は将軍足利義輝様の右腕とも言われ、単独で10カ国以上を束ねる人物だ。何処まで本当かわからんが、噂では上杉晴景が本気になれば20万を超える軍勢を集めることができると聞いている。そんな相手にわざわざ攻め込む大義名分を与える馬鹿が何処にいる。あっ・・・ここにいるな」
鈴木孫一は畠山高政を見つめる。
「貴様、儂を愚弄するか」
畠山高政は脇差の柄に手をかける。
「抜くんなら覚悟をもって抜けよ。抜くということは雑賀衆と戦う覚悟があるということだろうな。俺たち雑賀衆は売られた喧嘩はいつでも買うぜ」
鈴木孫一は、横に置いてあった鉄砲を手に取り構えた。
鉄砲の火縄には既に火がついている。
「今朝出来上がったばかりの鉄砲だ。あんたで試し打ちしてもいいんだぜ。最近、荒事が無くて暇を持て余してたんだよ。畠山が相手なら喧嘩相手に丁度いいか、どうした抜けよ。俺は構わんぞ。どっちが早いか試そうじゃないか」
至近距離で鉄砲を向けられた畠山高政の顔から汗が流れ落ちてくる。
「クッ・・・覚えてろ」
畠山高政は捨て台詞を吐いて雑賀の屋敷を出て行った。
「胸糞悪いな。おい、塩だ。塩撒いとけ、念入りにな」
鈴木孫一は家人に塩を撒くように声をかけた。
「孫一。もう少し言葉を慎め、まったく誰に似たのやら」
「誰と似た言ってもな・・親父。あんたしかないだろう」
「馬鹿抜かせ。儂はもう少し上品だ」
「ヘェ〜どう上品なんだい」
「儂なら無言で鉄砲の引き金をすぐに引いて終わりだ」
「そ・・それは上品と言えるのか、それは蛮族じゃないか」
「鳴る音は銃声1発だ。後は物静かだろう」
「分かったことが一つある」
「なんだ」
「間違いなく俺は親父の血を引いていることだ」
「当たり前だ。つまり貴様も立派な蛮族ということになるな」
「・・・・・」
「ところで大和国の越智家が助けを求めて来ている。どうする」
「報酬は?」
「ウ〜ン、渋いな。それにこれから我らが行っても全てが終わった後になっている可能性がかなり高いぞ」
「それほどなのか」
「越智攻めの総大将は松永秀久だが、一向一揆を上杉晴景自ら指揮して今井郷に閉じ込めてしまったそうだ。筒井家や多くの大和国衆は上杉側に降った以上、一向一揆が暴れて掻き乱さなければ越智に勝ち目は無い」
「どうすればそれほど素早くできる・・・見てみるか」
「見てみるだと」
「親父。何人か連れて大和国に行って来る」
「越智はおそらく間に合わんぞ」
「この際、越智はどうでも良い。どうせ間に合わん。それよりも上杉晴景と言う人物を見極める必要がある。この先我ら雑賀の敵となるのかどうかだ」
「くれぐれも無理をするな。怪しまれたら斬られるぞ。上杉晴景の周りには伊賀や甲賀の者たちが数多く控えている。近づくこともできんかもしれんぞ」
「分かっている。無理はしない。領民たちの話を聞くだけでも見えてくるものがあるだろう」
「分かっているなら良い。しっかり見極めて来い」
鈴木孫一は数名の雑賀の者たちを連れて大和国に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます