第256話 幕府改革

弘治2年10月末

将軍足利義輝は、上杉家二条城を訪れていた。

「上様、お呼びいただければこの晴景が御所に出向きましたものを」

上杉晴景の前に将軍足利義輝が1人の人物を伴って来ていた。

「良い。少々込み入った話をしたい。他の者達の耳に入れたくない話だ。ここなら大丈夫であろう」

ここには上杉家の腹心と軒猿衆で固めてあり、情報漏れの恐れは無い。

「どのようなことで」

「晴景の活躍のおかげで、将軍家直轄領が出来て領地からの収入で安定して幕府が動き出した。この時期に幕府を改革したい」

「幕府の改革ですか、具体的にはどのようにするおつもりですか」

「最大の問題である政所まんどころを将軍の意思が通るようにしたい」

「それはつまり、伊勢家を外したいということですね」

ゆっくりと頷く足利義輝。

足利幕府は、将軍を頂点にしてその下に管領が置かれ、管領は将軍の代理として幕政全体を統括していく。

管領は現在空席状態となっている。

そして、その下に大きく3つの組織がある。

軍事を司る侍所。

裁判を司る問注所。

財政や政策を司る政所。

将軍足利義輝が改革を考えているのが政所である。

政所は代々伊勢家が政所執事として君臨していた。

現在の政所執事は伊勢貞孝である。

欲深く節操の無い男と言われていた。

政所執事は、政所のトップであり、今で言う省庁の大臣や長官のようなものである。

政所執事の下に政所執事代。さらにその下に政所代が置かれている。

政所に代々長年に渡り伊勢家が君臨してきたため、政所が将軍でさえ手が出せない伏魔殿のようになっており、伊勢貞孝の専横が問題となっていた。

「大きく状況が変わり動きだしている。この時を逃すわけにはいかない」

「ですが、伊勢貞孝を外すとして誰をそこに据えるのです。かなり混乱を生じさせることになるはず」

「それはこの摂津晴門を据えるつもりだ」

将軍足利義輝の後ろに控えていた男が頭を下げる。

「摂津晴門と申します」

「確か摂津殿は官途奉行でしたな」

「はい、官途奉行をさせていただいております」

官途奉行は、任官叙爵を管理している。

武家の官位は極めて重要であり、従五位下や日向守などといった官位は本来朝廷が管理して与えるものであった。

源頼朝が鎌倉幕府を作ったときに、朝廷が御家人に直接影響力を及ぼさない様にするため、御家人は幕府を通さずに官位を得てはならないとした。

鎌倉幕府以降、官位は幕府が仲介して斡旋していたが、戦国乱世になり幕府の力が落ちると朝廷と直接交渉をする大名が出てくる様になっている。

そんな状況ではあるが、官途奉行による官位斡旋に果たす役割はまだまだ大きなものがあった。

官途奉行が官位を仲介すれば、莫大な謝礼が幕府に入る。

領地の無かった足利幕府にとってこの謝礼は大切であった。

ものすごく簡単に言ってしまえば官途奉行は、会社で言えば営業本部の様なものかもしれない。

官位という他には無い商品を、大名やその家臣たちの立場と要望に合わせて売り込むのが仕事である。

そんな官途奉行である摂津晴門が目の前にいる。

「お父上で前官途奉行の摂津元親殿は出家されたがまだまだ壮健。そうであればお父上の人脈も使える。ならば摂津殿を政所執事に据えるのは悪くない選択ですな」

上杉晴景の呟きに笑顔を見せる足利義輝。

「摂津家は儂の信頼できる家臣だ」

足利義輝の乳母の1人が摂津元親の養女であり、摂津家に対する足利義輝の信頼は厚い。

「伊勢貞孝はいかがします。外すための大義名分が必要」

「叩けばいくらでも埃が出る。既に政所執事代やその下にいる政所代たちから伊勢貞孝の職権濫用がひどいとの話が届いている。罷免することは何の問題も無い」

「ならば、この晴景にわざわざ話に来たということは、伊勢貞孝が破れかぶれで挙兵した場合を考えたためでしょうか。それならばいつでも速やかに対応できます」

「それもあるが、幕府改革にもう1つ大きな話がある」

「大きな話?」

「後奈良天皇様には既に了承をいただいてある」

「幕府内部の話でわざわざ天皇様に了承をもらうのですか」

嬉しそうに話す将軍足利義輝の顔を見ていた上杉晴景は嫌な予感に襲われた。

「上杉晴景を今日より幕府管領とする。これは既に決定である」

「はぁ・・・・聞いておりません」

「あたりまえだ。今言ったからな。既に朝廷にも報告した。今回は特別に後奈良天皇様より、晴景殿に期待しているとのお言葉をいただいている」

「・・・・・何をやっているのです。幕府の話になぜ天皇様を巻き込むのですか」

呆れたように将軍足利義輝を見る上杉晴景。

「儂が何もせずにお主に幕府管領をやれと言ったらどうする」

「断ります」

「即答か!・・・そうだろうと考え、朝廷を巻き込むことにした。しかし、天皇様の件は完全に想定外である。儂も驚いてしまった。誰かが幕府管領の話をお耳に入れたらしく、その結果がお言葉となった。ここまででかい話となると・・・」

「ハァ〜・・・ここまで話が大きくなると逃げることはできないじゃ無いですか」

「もう諦めろ。既に天皇様から期待していると言われてしまっている。それと・・・」

「まだ、何かあるのですか」

「このことは、既に景虎殿にも伝えておいた」

「・・・・・手回しの良いことで・・」

「近々上洛するとの返答が来ている」

「そんな話も聞いていませんよ・・・」

景虎を筆頭に大挙して上洛してくる姿が目に浮かぶ晴景であった。

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