第250話 大和国平定への一歩(4)
上杉晴景が今井郷で一向一揆を抑え込んでいる頃、松永久秀は越智攻めに向けて動いていた。
大和国南部の最大勢力である越智側の国衆を1人、また1人と削り味方へと引き込むことを続けている。
今まで頑なに拒んでいた国衆達の中から、少しづつ松永側に付く者達が出てくる様になっていた。
越智攻めの本陣の中で1人今後の策を考えていた。
「久秀様、十市遠勝殿がお見えです」
「分かった。通せ」
そんな松永久秀の下に大和国衆の1人である
若いが少しやつれた様な表情をしている。
「十市殿よくぞ参られた。決心はつきましたかな」
「我ら十市家は松永殿にお味方致す」
「それは心強い限り」
「それゆえ・・・」
「約束しよう。十市家が龍王山城に戻れるようにする。筒井家に奪われた龍王山城を十市遠勝殿に返そう」
「本当ですか」
「この松永久秀が約束する。我が味方となれば旧領に復帰させよう。筒井に城を奪われ吉野に逃げ苦労したであろう。儂に味方すれば、その苦労に報いていやろうではないか」
「承知いました。我ら十市家は粉骨砕身お仕え致す」
嬉しそうに頷く松永久秀。
「ところで、越智家の中で我らに味方するものに心当たりはないか」
十市遠勝はしばらく考え込んでいた。
「1人心当たりがございますが、正直あまりお勧めできない男です」
「誰だ」
「越智家増ならば我らに味方するでしょう」
「越智家増か・・・どんな奴だ」
「奴はなかなかの野心家。虎視眈々と当主の越智家高を追い落とす機会を伺っているはず」
「味方に引き入れたい。頼めるか」
「お話しした通り、野心の強い奴。危険ではありませんか」
「クククク・・・野心か。野心が強い。大いに結構ではないか」
「で・ですが・・」
「野心に身を焦がしている。この乱世の世は、そのくらいが丁度いいのだ。野望も野心もない奴は、所詮踏み潰されていくだけだ。踏み潰す側になるか・・・踏み潰される側になるか・・・十市殿」
松永久秀は目を細め十市遠勝を見る。
「はっ」
「越智家増を引き込め、そいつを焚き付けろ」
「承知いたしました」
「頼むぞ」
十市遠勝が出て行くのと入れ替わりで嫡男の久通が入ってきた。
久通は、父久秀の前に座る。
「父上、越智側の国衆の切り崩しは上手くいっている様ですね」
「3割ほどは、切り崩すことができた」
「今まで頑として応じなかった連中が急に変わりましたね。一体どうしたのでしょう」
久通は不思議そうな顔をしている。
「おそらく、晴景様の存在であろう」
「晴景様ですか・・」
「そうだ。晴景様が大和国に入られてから連中の態度が急に変わった」
「晴景様が大和国に入られてからですか・・それは増援が来たということからでしょうか」
「それもあるが、やはり晴景様の持つ力、そして権威を恐れている」
「力・・と権威ですか・・」
嫡男久通の不思議そうな反応に少しため息をつく。
「お前は、お近くに居るため逆によく分かっていないようだ」
「近すぎてということですか」
「そうだ。晴景様は普段から気軽に誰とでも会われる。権威を振りかざす事もされない。だが普通ならそんなことはありえん」
「あり得ないのですか・・・」
「1代で10カ国以上を束ね、将軍を補佐。死に体状態であった将軍家に直轄領を持たせることで、一定の力を持たせ将軍の力を蘇らせた。そこは分かっているか」
「はい」
「普通、それほどのことをやれば増長して傲慢な態度を見せるものだ。誰にでも上から権威を振りかざす様になるものだ。しかし、晴景様にはそんな素振りは見られない。だから周りの者達が逆にその凄さが分からないのだ」
「凄さですか」
「儂なんぞ晴景様の掌の上で転がされておる」
松永久秀は少し自嘲するように話す。
「それは一体・・・」
「成り上がるために色々と策を打つが、儂がやったことを全て分かった上で、その策を上手く利用される。加賀がいい例だ」
「全て分かっていて何も言われないというのですか」
「そうだ。だからまったく勝てる気がしないな。三好長慶様も大徳寺で会われた時に一瞬でそのことを理解され心を掴まれてしまった。それゆえ、その場でお側に仕えることを決めたのだ。三好家中の者達は、その部分がまるで分かっていない様だがな」
「・・・・・」
「此度の大和国平定もあっさりと儂に任されてしまった。裏で少しばかりコソコソ動いていたことを知っていたのだろう。怖い方だ。お前がどうするかは自分で決めよ。儂は晴景様に逆らうつもりは無い。色々策は打つが、晴景様を害するつもりは無い」
「私は、父上の後ろを行くだけです」
「フッ・・そうか。分かった。ならばこの大和国をしっかり平定して治めることから始めるか」
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