第248話 大和国平定への一歩(2)
松永久秀は、大和国南部に勢力を持つ越智氏を制圧するため、率いている軍勢に筒井勢を加えた軍勢で筒井城から出陣して行った。
上杉晴景は、松永久秀を見送った後三好長慶を呼ぶ。
「長慶」
「はっ」
「我らも行くとするか、我らの役目はあくまでも一向一揆勢に対する牽制だ」
「心得ております」
「ついでに筒井藤勝を連れていく」
「初陣ですか」
「いや、初陣では無い。戦場の空気を感じさせる名目で連れていく。ここに置いておけば、逃げ出すか家臣達が連れ出し面倒なことになりかねん」
「なるほど、我らの留守の間に逃げ出して国衆に匿われたら、探し出すことは難しくなります・・・承知いたしました。同行させるように手配いたします」
すでにいつでも出陣できる体制であった軍勢は、上杉晴景の指示を受け今井郷に向けて出陣して行った。
大和国今井郷は土塁と堀で街ごと覆われた
その今井郷の手前に、上杉晴景の軍勢に対する警戒のため今井郷から出てきた一向一揆勢が陣取っている。
上杉晴景の軍勢も一向一揆が見える距離で立ち止まり、いつでも大砲と鉄砲を撃てる体制で様子を見ていた。
「景家。一揆勢の伏兵や動きはどうだ」
柿崎景家は上杉晴景に急ぎ近寄ってきた。
「周辺に一向一揆による伏兵はございません。さらに、一向一揆勢は我らの手前に1万。残りは今井郷の集落内におります」
「他にはいないと言うことだな」
「筒井と越智との戦いでかなり数を減らしたようです」
「おおよそところ、どの程度の数だ」
「表向きは3万の軍勢ですが、実際は2万。さらに戦で倒れたものや逃げ出したものもあり、現状は1万5千程度かと思われます」
「その1万5千も怪我人が多いのであろう」
「仏の名と念仏を上げながらひたすら突撃するだけですから死傷者は多いでしょうな」
「それほどまでに死にたがるなら冥土に送ってやるのも慈悲と言えるのか」
上杉晴景の言葉に合わせるかのように一揆勢が動き出した。
「一揆勢に動きあり、ゆっくりと前進を開始しました」
一向一揆の軍勢は長さが不揃いの槍を前に出し前進を開始した。
「フッ・・ならば熱烈歓迎をしてやらねばな。景家。大砲と鉄砲の使用を許可する奴らを追い払え」
「承知いたしました」
柿崎景家は、進み来る一向一揆を見つめる。
「大砲。用意・・・撃て!」
轟音を響かせながら火を吹く。
同時に一向一揆の軍勢の中で大きな音と土煙をあげて数人の人間が吹き飛ぶ。
初めて体験する大砲による攻撃に右往左往する一向一揆の軍勢。
慌てている一向一揆にさらなる追撃が加わる。
「鉄砲。撃ち方用意」
柿崎景家の指示で、火薬と玉を込め終わっている鉄砲を一斉に構える。
「撃て〜!」
前線に立つ一向一揆達は、竹束など鉄砲対策の道具は持っておらず、完全に鉄砲の的となっている。
ひたすら念仏を上げ、仏の名を呼び突撃してくるが、近づくこともできずに戦場に倒れていく。
他の大名家や今井郷の一向一揆にも鉄砲はあるが、あくまでも物珍しい武器程度の扱いであり、上杉家のように大量に集中運用しているところは無い。
大量生産が始まって値段が下がってきているものの、持っているところでも10〜20挺程度。戦の最初に数発打つ程度ですぐに終わるためほとんど意味をなさない。
「相変わらず晴景様の鉄砲隊の威力は凄まじいですな」
三好長慶は、上杉家の鉄砲の威力に驚いている。
「これだけ大量の鉄砲を使えば必要な火薬も桁違い。よく用意できるものですね」
「直江津の湊から直接交易で硝石を大量に手に入れているからその違いだろう」
上杉晴景は表向きの理由として言っている交易による入手を口にする。
堺の商人を経由して硝石を買えばかなりの金額を要求される。
上杉家も堺の天王寺屋からも硝石を購入していることになっている。
実際は、上杉領内の山中奥深い場所で糞尿による火薬の大量生産をしている為なのだが、そのことは上杉家の最大の秘密事項であり、上杉領から技術と生産場所が漏洩しないように警戒している部分でもあった。
天王寺屋も気がついているようだが、あえて知らぬ顔をしている。
火薬の生産方法はやがて気がつく者が出てくるだろうが、安定して大量生産できるまではかなりの年月が必要になる。
上杉側の鉄砲による攻撃で近づくことすらできない一向一揆の軍勢は、今井郷の集落内へと引き上げていった。
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