第246話 漁夫の利
大和国今井郷に集結した一向一揆勢は、大和国北部の筒井氏、大和国南部の越智氏へと動き出した。
筒井氏・越智氏・一向一揆の3者による激しい戦いが始まった。
最初のうちは、松永久秀の軍勢を気にしながら戦っていたが全く動きを見せないため、松永久秀の軍勢のことを忘れ、お互いに目の前の敵を倒すことに集中し、3者による激しい攻防がくり広げられている。
そんな情勢の中、松永久秀は連日のように酒宴を開いていた。
「丹下殿、我らがいれば何の心配はござらん。存分に飲まれよ」
「・・は・・・はぁ・・・」
酒宴に集まった丹下他の国衆の一同は、皆困ったような表情をしている。
松永久秀は酔ったふりをしながら周囲を見ていた。
松永と共に大和国に入った上杉と三好の諸将は、事前に打ち合わせしておりこの酒宴の意味を分かっているため少ない酒で酔ったふりをしている。
連日の酒宴の様子は、筒井氏・越智氏・今井郷一向一揆に伝わっていた。
酒宴の最中には、越智氏・筒井氏・今井郷の一向一揆のそれぞれに松永久秀は使者を出している。
松永久秀が使者に持たせた書状の中で、この度のことで大和国に関することは幕府より一任されているため、直ちに戦をやめて従うように命じていた。
書状をそれぞれに届けさせて10日が経過していたが、戦いは終息するどころか激しさを増している。
連日酒宴を開き、呆けている姿を伝え聴いている筒井氏・越智氏・今井郷一向一揆は、松永率いる軍勢を恐れるに足らずと判断していた。
「松永殿。皆我らを侮って戦を止める気配は無いようだ」
宇佐美定満の言葉に頷く松永久秀。
「こちらが送った書状は警告であり、我らは幕府の命で動いていることを強調。従わぬなら討伐の大義名分が立つということ。連日の酒宴の様子を伝え聞けば、我らを侮り書状を無視するでしょうな」
「お陰で大義名分もハッキリして、相手も我らに対して油断することになる」
「それぞれかなり消耗しているようですから、もう少し双方を煽って弱らせてから動くとしましょう」
松永久秀は、大和国衆の丹下他こちらに従う国衆と自ら雇い入れた甲賀衆を使い、双方を煽り、戦いを徹底的に激化させていた。
大和国筒井城
大和北部に勢力持ち、大和国最大の武士団と呼ばれ、興福寺の衆徒でる筒井家。
6年ほど前の天文19年に当主である筒井順昭が病死となり、叔父である筒井順政の後見の元で当時2歳の藤勝(後の筒井順慶)が家を継いでいた。
連日に渡る一向一揆との激しい戦いを繰り広げている筒井家の家臣団は、城内で疲れた体を休めるように深い眠りについている。
闇夜を月が照らす中、筒井城に忍び寄るいくつもの人影。
松永久秀が雇った甲賀の忍び達である。
大手門にいる見張りが忍び寄る男達を招き入れた。
大手門の見張りはすでに松永久秀の雇った甲賀の忍びに入れ替わっていた。
閉ざされていた大手門が静かに開いていく。
男達は外に向かい松明の炎を円を描くように大きく振って外に合図を送る。
軍勢は音を立てず、静かに城内へと入っていく。
二の丸、本丸への門も見張はすでに甲賀の忍びによって倒されており、門は開いたままになっている。
軍勢は一声も上げずに、事前に決められた役割に従って駆け抜けていく。
本丸制圧は総大将である松永久秀の軍勢が受け持っていた。
本丸にいる筒井順政と藤勝の生死を問わずに身柄の確保と本丸の制圧が目的となる。
上杉と三好の軍勢は、二の丸、周辺を囲む家臣達の屋敷の制圧である。
松永久秀の前に甲賀の忍びが現れる。
「松永様」
「甲賀の忍びか、筒井順政と藤勝はどこにいる」
「本丸奥に・・ご案内いたします。こちらでございます」
甲賀忍びの後ろを走る松永勢。
不意に寝ぼけたように出てくる1人の男が軍勢を見る。
「な・・な・・なんだ。敵か・・・敵襲・・・」
松永久秀が一太刀で切り捨てるが、すでに遅く筒井家の家臣達が起きてくる。
「敵だ・敵襲〜」
本丸内に敵襲を知らせる声が響き渡る。
しかし、急に起きたばかりで、皆まともな武具を身に付けておらず、松永勢の敵ではなかった。
次々に討ち取り骸の山を築きながら進む松永勢。
甲賀の忍びが一つの部屋を指し示した。
「ここに筒井藤勝がおります」
部屋の襖を開けると1人の男児が眠っていた。松永の家臣達が素早くその男児の身柄を抑える。
「貴様ら・・・」
「筒井藤勝殿とお見受け致す。大人しくされれば命までは取らぬ」
奥の部屋から慌ただしく数人の男達が槍を携えてやってくる。
「藤勝」
「叔父上、申し訳ございません。私が不甲斐ないばかりに・・・」
「そこに居られるは筒井順政殿とお見受け致す。某は大和国平定の任を受けた松永久秀と申す。これ以上の戦いは無意味。すでにこの城は、我ら1万8千の軍勢にて制圧いたした。我らに降れば命は取らぬ。藤勝殿の命の安全も保証する」
「叔父上、私にかまわずに」
「藤勝の命の安全を保証するのだな」
「天地神明に誓って保証する」
「・・分かった・・・無念・・油断であった」
唇を噛み締めた筒井順政は、手にしていた槍を手放し、松永久秀に降ることを決断したのであった。
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