第240話 河内国への道(1)
三好長慶は,三好勢を率いることを上杉晴景より命じられ,三好勢とともにいた。
「父上。安見宗房殿がお見えです」
三好本家を任せた嫡男三好慶興が報告にきた。
「今更か・・・いいだろう。ここへ」
しばらくすると目つきの鋭い50歳程に見える男が入ってきた。
「三好長慶殿,お久しぶりでございます」
「安見殿。何のようだ」
「今回の河内国への侵攻はおやめいただけませぬか」
「書状で伝えた通り,将軍家に従う以外道は無い。そう伝えたはず。お主は我らに従わぬと決めたのであろう。ならば決着は戦でつけるしかありえん」
「ここは河内国。余所者に指図される言われは無い」
「お主も武士ならば,武士の頭領たる足利将軍家に従うべきであろう」
「三好長慶様なら将軍にとって代わることができましょうに・・・どうです・・手を組んで畿内を手に入れましょう」
安見宗房は,ニヤけたような笑いを浮かべる。
「昔の儂ならそれもあり得た。だが今はそんなつもりはない」
「ホォ〜・・・これは随分と丸くなられたものだ。なるほど,それで以前ような野望にギラついた目をしていないわけですな。上洛してきた上杉晴景とか言う田舎大名の側にお付きと聞きました。そのせいですかな。此度の総大将はその上杉晴景と申す人物。ならばいっそのこと,三好様自らその総大将になられたらどうです」
「それもあり得ん」
安見宗房は,三好長慶の変わりように驚いていた。
以前のような野望にギラついた目をしておらず,とても穏やかな目をしている。
「安見殿。貴様は何か勘違いしているようだ」
「勘違い?」
「お主にある選択は,従うか・・・滅ぶかの2択しかない。他の選択は無い」
「それはいったい・・」
「時代は既に大きく変わろうとしている。私欲による戦の時代はやがて終わる。貴様はその時代が見えていない。愚かなことだ」
「何を訳の分からんことを,上杉晴景とか言う田舎大名に何を吹き込まれた」
「上杉晴景殿のことを貴様如きが口にする資格は無い。上杉晴景殿はこの三好長慶が認めた漢。初めて仕えてみたいと思った人物だ。小さな国の中でちまちまとした策を巡らす程度の小者の貴様には押しはかることはできん」
「小・・小者だと,この安見宗房が小者だと言うのか」
馬鹿にされたと思いいきり立つ安見宗房。
「小者と言われ怒るから小者なのだ。晴景殿なら笑い飛ばす。あの方なら逆に自らを小者と言うかもしれんな。まあ,十数か国を従えておきながら小者と自称されたら他の者達の立つ背がないが・・・」
三好長慶は自らの言葉に苦笑いを浮かべる。
「おのれ〜」
「フフフフ・・・・我らに従わぬなら早々に逃げ帰り戦支度でもした方がいいぞ。何なら仲良しの大和国の連中も呼んだらどうだ。歓迎してやるぞ」
「覚えてろ。後悔させてやるぞ」
捨て台詞を残し,床几を蹴り,安見宗房は出ていった。
「父上。あれでよろしかったのですか」
怒りを露わにしながら出ていく安見宗房を見ながら三好慶興は呟く。
「問題無い。安見如きがどんなにいきり立っても大勢は変わらん。たとえ,多少の負けがあっても最終的な結果は変わらん。大局が見えていない以上どうにもなるまい」
三好慶興は,父三好長慶の顔をまじまじと見ている。
「どうした。儂の顔を見つめて」
「父上は,随分と変わられました」
「変わった?」
「はい,昔の父は安見殿の言ったように野望にギラついた目をしていました。その一方で何事にもつまらなそうな飽きた表情をよくされていました。それが,上杉晴景殿に会われてから変わりました」
「どう変わったように見える」
「目つきは穏やかになり,そして,毎日の表情はイキイキとしているように見えます」
驚いて息子三好慶興を見つめる。
「ハハハハ・・・なるほど。確かにそうかも知れん。上杉晴景殿といると面白い。次から次に驚くこと,面白いことばかりだ。天下に覇を唱える漢とは,ああ言う漢を言うのだろう」
「それほどですか」
「実に面白い」
「ならばたまには,この慶興と役目を代わってください」
「それは無理だ。お前は三好家の当主。隠居して暇な儂と違う」
三好長慶はニヤッと笑う。
「そもそも,誰のせいで私が苦労していると思っているのです」
「さあ・・何のことか分からんな」
「ハァ〜!父の楽しみを奪うのも気が引けますから諦めますか」
「ハハハハ・・・それがいいぞ」
「ところで上様と上杉晴景殿の目指すものは何なのです。何を目指しているのです」
「2人が目指すものは,上様の言う天下安寧。上杉晴景殿が掲げる天下泰平。どちらも意味するものは同じ。つまりこの日本から戦を無くすことだ」
「えっ・・・そんなことができるのですか」
「お二人はそのために幾万の屍をつくろうともその道を進むつもりだ。たとえそれが修羅の道であろうともだ」
「父上はどうするのです」
「そんなでかい話なら乗るしか無いだろう。ちまちまとした謀略なんぞつまらん」
笑う三好長慶に呆れながらもそんな父を嬉しそうに見つめる三好慶興であった。
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