第236話 景虎と信長(4)
末盛城籠城戦が始まり2週間が経過しようとしていた。
上杉勢は,末盛城をしっかりと包囲して,誰かが末盛城から誰か出ようとすると,その周辺に大量の鉄砲を打ち込み牽制することを繰り返していた。
さらに,夜中に鉄砲を打ち込んでみたり,焙烙玉を投げ込んでみたりなどを繰り返して,籠城している織田信行勢の眠る時間を削り精神的に追い込む策も行っていた。
「ようやく到着するか」
景虎の言葉を聞いた信長は思わず聞き返す。
「一体何が到着するので」
「幕府からの使者。正確にいうと将軍足利義藤様の使者が間も無くここに到着される」
景虎の言葉に驚く信長。
「な・なぜ将軍様の使者がここに来られるのです」
「将軍家がこの戦いを治めるためにですよ」
「で・・ですが・・」
信長からしたらなぜ将軍の使者が来るのか分からなかった。
「上様は,常に天下安寧を考えておられます。そのため戦の仲裁を積極的に行われております」
「ならば,この戦の仲裁をされようと・・・」
「ちょうど良いではありませぬか。そろそろ相手もかなり精神的に追い込まれてきているでしょうから,こちらの言い分次第では早期に決着するかと思いますよ」
「な・なるほど・・」
暫くすると2人の人物が本陣に入ってきた。
細川藤孝は21歳。この若さで将軍足利義藤の側近となっていた。
その若さでの側近抜擢に対して,一つの噂が流れていた。
細川藤孝は,前将軍足利義晴のご落胤である,つまり現在の将軍足利義藤と兄弟であるとの噂であった。
「三淵殿,細川殿。ようこそおいでくだされた」
「景虎殿,お久しぶりでございます。尾張ではなかなかのご活躍と聞いております」
三淵晴員が景虎の活躍を褒め称える。
「信長殿のお力があればこそ」
三淵晴員と細川藤孝は信長に視線を向ける。
「織田信長殿,将軍足利義藤様よりこの戦の仲裁を命じられた三淵晴員と申します。これなるは我が次男で将軍様のお側に仕える細川藤孝」
「細川藤孝と申します」
「尾張国織田弾正中家,織田上総介信長と申します」
「さて早速ですが,この戦においてどのような決着をお望みですかな。戦にて決着を望むならば多くの犠牲を生むことになりましょう」
「身内もいる。昔から知っているものも多い。無駄な戦はせずに治められるならそれがいい。だが,反乱を起こしたのは末盛城の者達。何らかの処罰は必要かと思う」
「なるほど,それは確かにそうですな。ですが相手もあること,我らに任せていただけますかな」
「将軍家がご使者を使わされたのですからお任せいたしましょう。よろしくお願いいたします」
「承知した。ならば,末盛城に入れるように話をつけてもらいたい」
「承知いたしました」
信長は家臣を呼び,末盛城に将軍家の使者が入れるように交渉するように命じた。
末盛城の広間に三淵晴員と細川藤孝,その2人護衛として上杉家のものが10名ほど付き添っていた。
三淵晴員は,織田信長から和睦案を聞いたときは,織田信長の案はとても甘いと感じていた。
だが最初からその案を出すことは,交渉においてはダメだと思い,少し厳しい案を出してみた。
「なぜこの信行が隠居しなくてはならないのですか」
織田信行が異議を唱えていた。
「亡き織田信秀殿が決めた跡取りは信長殿。その信長殿に反旗を翻したのです。謀反ではありませぬか,そうであれば敗北した首謀者は腹を切らねばなりません。それを隠居と末盛城の破却ですますのです寛大な処置かと思いますが」
「敗北したわけではありませぬ」
この言葉に三淵晴員は,少々呆れてしまう。
「ハァ〜!何を言われかと思えば,今のこの状況をご存知か。この城は上杉景虎殿と織田信長殿の軍勢により幾重にも包囲され,逃げ出す隙はありませぬ。さらにどこからも助けは来ませぬ。どうやって勝つおつもりですか。上杉景虎殿は1年は兵糧攻めにするおつもりですよ。兵糧はあるのですか。景虎殿が本気になりこの城に籠る者たちを残らず殲滅するつもりならば,半日でこの城は瓦礫の山となりましょう。景虎殿を甘く見ると後悔しますぞ」
「・・・・・」
「ですが,私も鬼ではありませぬゆえ,別の案をお出ししましょう」
「別の案ですか」
「信行殿と主だった武将達は,信長殿に忠誠を誓うことを熊野権現の起請文である熊野誓紙にて誓っていただきましょう。その上で領地を3割ほど信長殿にお返しする。これでどうです。これでも納得できないなら我らは京に帰るだけ,あとは各々の命にて決着をつけていただくしかありません」
その時,城の奥から土田御前が出てきた。
「信行」
「母上,奥にお下がりください」
「そうはいきません。信行,将軍様のご使者の出された最後の案を飲みなさい。将軍様の仲裁を飲むなら信長もお前を粗略に扱うことはないでしょう」
「で・・ですが・・」
「今のこの状況で勝てる見込みはありませんよ。それとも,勝てる策があるというのですか。あるのな私に言ってみなさい」
「そ・・それは・・・」
「無いのでしょう」
「・・・・・」
「無いのなら,仲裁を飲みなさい。勝家」
「はっ」
「将軍家の仲裁案で承諾します。皆に伝えなさい。これ以上は無益です」
「承知いたしました」
「母上」
「諦めなさい。これ以上は無理です」
「クッ・・・」
悔しそうな表情をする織田信行。
土田御前は,信行をそのままにして三淵晴員らに話を続ける。
「御使者の方々,将軍家の仲裁を受け入れます。最後の詰めは私が息子の信長と話して決めましょう」
「承知いたしました。御英断感謝いたします」
三淵晴員らは,景虎・信長の本陣へと帰っていった。
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