第231話 宗滴死して九十九髪茄子を残す

天文24年(1555年)9月上旬

二条城に朝倉宗滴が亡くなったとの知らせが入った。

二条城には朝倉家から一報を伝える使者が来ていた。

「まさか・・宗滴殿が亡くなったと・・・」

「はっ、景虎殿に九十九髪茄子を託されてから3日ほどして倒れ、回復する事もなく9月8日にお亡くなりになりました」

「懸案であった加賀の件が片付き、これからも朝倉家の柱石であるはずの方。実に惜しい方を亡くした」

「朝倉家からは、加賀の件で上杉家にはひとかたならぬご尽力を賜り厚くお礼を申し上げます。当主朝倉義景より宗滴殿亡き後も共に将軍家を支える仲でありたいとの事でございます。さらに、九十九髪茄子は宗滴殿の形見と思い大切にお使いくださいとのことでございます」

「朝倉家とはこれからも共に将軍家を支える者としてよろしくお願いしたいとお伝えくだされ」

「承知いたしました」

朝倉家の使者は帰って行った。

部屋には、晴景と景虎が残っていた。

「まさか、九十九髪茄子が宗滴殿の形見の品となるとは」

「兄上。人の運命とはわからぬものです」

「しかし、宗滴殿の亡くなったのは痛いな」

早期に一向一揆がこちらの勝利で片付いたため、宗滴殿はもう少し長生きされるかもと考えていたが、運命を変えるところまでは行かなかったようだ。

朝倉家にとっての宗滴殿は、朝倉家の大黒柱であり、先々を見通す目は確かなものを持っていた。織田信長を密かに評価していたとの話もあるほどだ。

これほどの人物が亡くなったのだ、朝倉家の力が落ちていくことは避けられんだろう。

「ですが、朝倉が直ぐに弱体化したりすることは無いでしょう」

「それはそうだが、徐々に勢いに落ちていく事になる」

「一向一揆も弱体化して完全に解体されましたし、今のところ畿内は平穏ですから問題ないかと思います」

「だが、まだ当分の間は一向一揆に関しては要警戒だ。一向一揆からしたら最大の敵が1人減ったのだ。奴らのことだ、きっと、もう少し早く宗滴殿が亡くなっていたらと考えているかもしれんぞ」

「それはあり得るかもしれませんね。要警戒は承知しました。加賀の一向一揆の動向には、注意を払うようにします」

「分かった。こっちでも本願寺に手の者をさらに送り込み、動静を探るようにする」

「本願寺の力を徐々に削いでいくのですね」

「そうだ、上様から朝廷に働きかけてもらい安易に門跡の許可を出さぬようにしてもらった。さらに、高位の皇族や公家・大名との婚姻をさせぬようにして、本願寺に力を与えすぎないようにすることで決まっている」

「確かに、高位の皇族や公家・大名との婚姻で強い影響力を朝廷や大名達に発揮したら、ますます力をつけて、手がつけられなくなりますから、力をつけさせないことはいい手ですね」

「それと、畿内での鉄砲の価格が徐々に下がってきているようだ」

「国友を含む鉄砲鍛冶達が大量生産を始めたのですか」

「おそらくそのために値段が下がってきているのだろう」

「値段が下がって来れば,多くの大名達が手に入れ始めますね」

「戦での運用を始めるところも出てくるだろう」

「そうなると問題なのが火薬ですね」

「我ら以外に火薬の大量生産をするところが出ないようにしていく必要がある」

「火薬の生産は、我らにとって最大の強みであり、最大の武器でもありますからそれは重要ですね」

「もし、どこかで火薬の大規模生産を始める恐れがあるなら、早めに潰しておくことも必要だ」

「こちらでも、製造法の漏洩には十分気をつけるようにします」

歴史上、火薬の生産で有名なのは白川郷であるが、すでに越中・飛騨を上杉で抑えたため、火薬が本願寺に渡る事態は発生しないだろうと思っている。

「それでいいだろう。頼むぞ。ところで昨日将軍義藤様に会われてどうであった」

「上様は、なかなか真っすぐなお方かと思います」

「真っすぐか、確かにそうだな」

「剣術の稽古もかなりされているそうで、将軍家でこれほど剣を振れる方は珍しいのではありませんか」

「近頃は、塚原卜伝殿を呼ばれて修行されているようだ。まさに剣豪将軍だな」

「剣豪将軍ですか・・・言われてみればそう言えるほどに打ち込んでおられますね。兄上も呼ばれるのではありませんか」

「上様に呼ばれて塚原卜伝殿には会ったが、正直勝てる気がしないな。それに儂もなかなか忙しい身だ。稽古は辞退させてもらった」

塚原卜伝は、会った瞬間絶対に勝てないと思わされる。

一見どこにでもいる好好爺のように見えているのに、目が合った瞬間、全身が総毛立つような思いがした。

そして、嫌な汗が噴き出してきて、心臓をわし掴みにされるような思いがして息苦しさを感じた。

このままではいかんと思い、腹に力を入れ呼吸を整えることで息苦しさを回避できた。

さすがは塚原卜伝と言ったところか。

「今の上様の熱の入れようと、元々剣術の素質があることも合わさり、そう遠くないうちに剣豪の1人と数えられるようになる可能性があるな。そのうち、儂も景虎も上様に勝てなくなる日がやってくるぞ」

「それは大いにあり得ることです。そんな日が楽しみでもあります」

景虎は屈託のない笑顔を見せていた。

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