第230話 納涼床

京の都の夏は暑い。

戦国の世だからビルも無いし、自然も多いから大丈夫かと思っていたら本当に暑い。

地形からくるものだから、コレばかりは時代が違ってもどうにもならんのかもしれん。

どうにかしたいがコレばかりは仕方が無い。

暑さの中に鳴り響く蝉の声がいっそううるさく感じる。

盆地だから仕方ないと思うしかないか。

風の通りを良くしたり、日差しを遮るように深い庇を作ったり工夫をしているが、暑いものは暑いのだ。

茹だるような暑さの中、涼を求めて鴨川沿いを歩いていると、遠くに川辺で遊ぶ子供らが見えた。

思わず自分も鴨川に降りて川に足をつける。

「お〜、これは冷たくて気持ちいいな」

「兄上、草履のまま入らずとも」

「景虎。硬いこと言うな、冷たくて気持ちいいぞ」

草履を脱いで景虎と供回りの者たちが鴨川に入ってくる。

「お〜これは確かに冷たくて気持ちいいですね」

「これは、暑さを忘れさせてくれるな」

そう言えば、現代の京都では夏になると鴨川などの川沿いの店が、川の上や川沿いに座敷を作り涼を感じながら料理を楽しんでいる風景があったな。

この時代、乱世のせいもあるかも知れないが、まだ川床は無い。

「無ければこの際だから作るか・・・」

晴景はポツリと呟く。

「晴景様。いったい何を作るのです」

供回りとしてついて来ている三好長慶が思わず聞いてくる。

「川床だ」

「川床・・・?」

「そうだ」

「それは一体何です?」

「夏の暑い中で涼しさを得るものだ」

「・・・?」

「よし、やろう。善は急げだ」

晴景は急ぎ二条城に戻って行き、家臣や出入りの商人達や大工達を集めて指示を出した。

「これから、急ぎ鴨川に川床を作る」

家臣一同、出入りの商人達、大工達も全員意味が分からず戸惑っている。

この時代、まだ川床は無い。

だから川床と言われても何を言っているのか分からないだろう。

本来ならば、あと約40年ほど経たないと川床は出て来ないのだ。

この際だ、暑さを乗り切るために作ってしまえばいい。

皆に川床を説明して川床の大きさや形、用意する物を細かく指示をしていく。

今回はなるべく水に近い位置で作る事にする。

「どうせやるなら派手にやろう。上様も招待する事にするぞ。皆急ぎ準備にかかれ」

それぞれに割り振られた役割を果たすために、家臣や商人達は大急ぎで動き出した。


そして10日後。

晴景は、将軍足利義藤、六角義賢、景虎と家臣の主だったもの達を引き連れ鴨川へと赴いた。

鴨川の川沿いや川の上に竹や木材を使い床を作った。

現代の川床には遠く及ばないが川に近いところに大きな床を作り上げた。

場所によっては、鴨川の水に足を浸す事もできるようにした。

床の上には、日差しを遮る大きな野点笠をいくつも用意している。

傘の大きさは直径で五尺。高さも五尺の大きなものを用意した。

朱色の大きな和傘で内側の傘の骨の部分に色とりどりの糸で飾り立てている。

床の上には竹で作られた三人掛けほどの床几(椅子)をいくつも用意した。

川床に上がると涼しい川風が緩やかに吹いてきている。

川風だけでも涼しさを感じさせてくれる。

「ホォ〜、コレは涼やかで趣があるな」

将軍足利義藤はそう言うと一番見通しの良い席に案内される。

将軍足利義藤が床几に座る。

晴景がぐい呑に酒を注ぐ、注がれた酒を将軍足利義藤が飲み干す。

「コレは、冷たい」

驚いて晴景の方を見る。

「酒を入れておいた小ぶりの壺を鴨川の水で冷やしておいたものです」

現代の冷蔵庫のようにはいかないが、多少の冷たさを感じる程度にはなる。

飲めば常温の生ぬるいものに比べれば冷たく感じるだろう。

同行者が一斉に冷酒に口をつける。

「お〜、普段の生ぬるい酒が嘘のようだ」

「コレはいい!」

「いや、夏の暑い盛りにコレは癖になるな」

そこに、焼きたての鮎の塩焼きを出してくる。

あたり一面に鮎の塩焼きの香ばしい匂いが漂ってくる。

「ホォ〜。鮎の塩焼きか!」

鮎の塩焼きの次に鱧を使った料理を出してくる。

料理人がかなり丁寧に調理をしてくれた。

小骨の多い鱧を丁寧に処理していく。

鱧の白身に細かく骨切りをしていく。

鱧の身が潰れたり、ミンチにならないようにしながら小骨を切って行く。

そして、湯引きした鱧に梅肉を添えて出されてきた。

鱧を食するとますます酒が進む。

夕暮れが近くなってきた野点傘の下。一同は、冷酒を飲み、鮎の塩焼きを食べ、鱧を食べ、鴨川に吹いてくる穏やかな川風にあたって暑さを忘れている。

そして、夕暮れなり周囲に数多くの提灯を下げ、離れたところには篝火を焚き始めた。

陽が完全に沈むと蛍の緑色の光がポツポツと見え始める。

一同は暑さも時も忘れて川床のひと時を楽しんでいた。

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