第229話 景虎上洛

天文24年(1555年)7月上旬

上杉景虎は、加賀一向一揆を抑え込んだ後、3千の兵を伴い京へと上洛してきた。

そして、上杉家の京での拠点である二条城へとやって来ていた。

上杉流の二条城は、実用性を最優先に作られている。

少ない家臣で如何に守り切るかを考えられていた。

そのため、晴景の考えで余計な装飾などは最小限に抑え、まさに質実剛健・常在戦場の考えで作られている。

襖絵も、権力者にありがちな技巧を凝らした絵などは無く、襖はただ白一色のみ。

まさに華美を排した極限までシンプルを追求したかのような城であった。

そんな上杉流の二条城に初めて景虎が足を踏み入れた。

二条城の周囲には堀が作られている。

景虎は、堀にかかる橋を渡り大手門に向かっていく。

「ほぉ〜。これは!」

高い混凝土の壁。ツルツルの壁で手をかける場所も無く、鍵爪のついた縄を投げても引っかかる場所がないため、登ることも難しい。

門は破られそうになったら混凝土の塊で塞ぐ構造。

門をくぐり中に入ると、内側には深い空堀まである。

至る所に侵入者を鉄砲で一方的に狙撃できるような作りになっている。

建物内部に入ると内部の床は鶯張りの床。

どんなにそっと歩いても必ず音がする作りだ。

「音が鳴る床とは・・・なるほど、この床は忍び対策か」

景虎は面白そうに何度もそっと歩いては、床が立てる音を確かめる。

「・・なるほど・・これは面白いな」

鶯張りの床の音に感心しながら進んでいくと庭が目に入ってくる。

庭に実のなる木ばかり植えられている。

「籠城対策のための、実の成る木ばかり植えているのか」

庭には、柿、胡桃、栗など実をつける木ばかりが植えられているのが見える。

二条城の広間に入ると晴景が待っていた。

「景虎。元気そうで何よりだ」

「兄上も元気そうで。将軍様の下でかなり派手に動いているようですね。噂が越後や関東まで流れて来ていますよ」

「いや・・・そんなに派手なことはやっていないぞ」

「ホォ〜。なら、敵対していた三好長慶が軍勢を率いているにもかかわらず、たった10人で会談場所の大徳寺に乗り込んだり、700本もの桜を畿内中から集めて植えてみたり、どうすればそんな事になるのですか」

「ハハハハ・・・そう言えば、そんなこともあったな」

「ハァ〜。なんでそんな面白そうな時に私を呼んでくれないのです。いつ呼んでくれるか待っていたのですよ。家臣の主だった者たちもその話を聞いて、その場に居なかったことを皆悔しそうにしていました」

「ハハハハ・・・スマン!」

「また何か、企んでいるのではないですか」

景虎は目を細めながら晴景を見る。

「そんなにポンポンと次から次に企むことは無いぞ」

「兄上のことですから、そんなことを言いながらやらかしそうですけど」

「・・・そんなことは・・無いはず・・・」

「将軍様の手足となり動いておられるのは重々承知しております。京に詰める家臣は、定期的の交代させて皆に活躍の場を与えてやってください」

「それはわかったが、そうそう事件が起きるはずもないぞ」

「兄上がいる所には、必ず何かが起きますから」

「・・・信用無いな・・・」

晴景の言葉に呆れたようにため息をつく景虎。

「織田信長と知多郡での戦いをお忘れですか、大徳寺にたった10人で乗り込んで行ったことをお忘れですか」

「・・・そ・そんな事も・・昔あったな・・・・」

「昔ですか?・・・もう少し自覚していただきたいです」

「分かった分かった。それより、此度の加賀での働きご苦労だった」

晴景は話題を強引に加賀の話に切り替える。

「朝倉家が今回の加賀一向一揆制圧に関して、我らにかなり協力的な姿勢が大きかったですね。それと能登畠山家が獅子心中の虫を退治するために協力的であったことも大きかったです」

「結果として若狭武田、丹後一色も考えれば、北陸回りの陸路でも京への安全が確保できる事になるな」

「確かに、北陸回りの陸路。美濃から六角領を通る陸路。そして海路を使ったルート。京への道を3本確保できたことになりますね。ただ、六角に関しては多少不安が残りますけど」

「六角家は、重臣の蒲生がかなり冷静に物事を見ているから、上杉家に対して敵対行為をさせないだろう」

「六角家の重臣である蒲生ですか」

「感情に流される事なく相手のことを冷静に見ている男だ。六角家は蒲生を味方につけておけば大丈夫であろう」

「蒲生ですか・・覚えておきます」

「せっかく京に来たのだ。ゆっくりとして、京を見て回るが良い」

「あっ・・・忘れていました。中身はわかりませぬが、朝倉宗滴殿より兄上に渡して欲しいと預かったものがございます。加賀のお礼で、兄上に差し上げるので自由に使ってくれと言われていました」

「預かったもの・・・?」

景虎は小さな木箱を出してきた。

受け取り結んであった紐を外して蓋を開ける。

中身を取り出し、包んであった布を取る。

「こ・・これは九十九髪茄子つくもなす

唐物茶入れで高さが約二寸二分(約6センチ)幅が約二寸四分(約7センチ)。

茶道の心得があれば、誰もが欲しがる一品。

朝倉宗滴がその昔500貫文の大金で購入した品と言われている。

「本当にこれを儂にと言われたのか」

「はい、ぜひ兄上に使ってほしいと言われていました」

思いもよらない事に、只々驚くしかなかった晴景であった。

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