第226話 裏切り者の末路
「どうしてこうなった」
加賀一向一揆の築いた砦まで間も無くである。
砦には加賀一向一揆2千5百が立て籠っている。
温井総貞は4千の兵を率いて一揆勢の砦を攻略する先陣を任されてしまった。
本来の計画では、畠山義綱と上杉景虎に金沢御坊を攻めさせ、背後に控えていた自分が2人を討ち取り越中と能登を手にする計画だった。
こんな小さな砦をわざわざ狙う予定ではなかった。
しかも、畠山家の当主畠山義綱や上杉景虎の様子を見ると普通ではない。
温井総貞率いる軍勢は前面に出て、畠山義綱と上杉景虎の軍勢は我らから少し離れた後ろにいる。
温井総貞率いる軍勢は、温井に近いものたちで占められている。
それに対して畠山義綱の軍勢は、反温井と言っていい者達だけで占められていた。
さらにそれぞれ簡易的な馬防柵を軍勢の前に設置。
しかも、上杉景虎の軍勢は大量の鉄砲に弾を込めて、いつでも一斉射撃できるようにしている。
「これは全て露見しているのか・・・まさか我らを始末するつもりか」
引けば上杉勢の鉄砲で間違いなく撃たれる。
既に鉄砲の火縄に火がついているようだ。
進めば
「引くも地獄。進むも地獄・・・・・」
温井総貞の軍勢は、止まっていた。
これ以上進めば、一向一揆側から敵と認定され攻撃を受ける。
引き返せば、謀反の疑いで鉄砲で撃たれ、蜂の巣にされる。
「どうしたら良いのだ・・・」
その時、背後の上杉勢が鉄砲を空に向け一斉に撃った。
1000挺以上の鉄砲による同時一斉射撃。
轟音と言っても良いほどの音が戦場に鳴り渡る。
温井総貞とその軍勢に緊張が走る。
上杉の鉄砲隊が入れ替わり、次の鉄砲隊が鉄砲を構えた。
鉄砲隊は上空では無く、鉄砲を水平よりやや斜め下を向いている。
次の鉄砲隊が一斉射撃を行い、再び轟音が鳴りわたる。
鉄砲隊の撃った玉は、温井総貞の軍勢の手前の地面にあたり、辺り一面に土埃が舞い上がる。
全身から汗が噴き出すと同時に、言い知れぬ恐怖が湧き上がってくる。
再び、鉄砲隊が入れ替わる。
今度は鉄砲を水平に向けている。
それを見た温井総貞とその軍勢は、動かなければ空や地面では無く次は自分達が撃たれることが分かった。
慌てふためく温井総貞の家臣達。
「殿。このままで止まっていては、謀反の嫌疑をかけられ全滅いたします。一国の主は諦めましょう。このままでは上杉の大量の鉄砲で撃たれて終わりです」
必死の懇願する家臣達の言葉を聞き、血の気が引くと同時に、胃の奥から何か酸っぱいものが込み上げてくるが、ぐっと我慢して飲み込む。
そして、思わず全軍に叫ぶ。
「全軍、一向一揆の砦に向かい。一揆勢を全て討ち取れ、行け!」
温井総貞とその軍勢は恐怖から逃れるように一斉に一向一揆の砦に向かって駆け出した。
上杉景虎は甘粕景持を呼び指示を出した。
「お呼びでしょうか」
「温井の連中は、いまだに旗幟鮮明にせずに戦場の真ん中でウロウロしている。見苦しい限りだ。いい加減、ここらで態度を決めてもらう必要がある」
「如何いたします」
「奴等の尻を叩く必要があるな」
「いまだに戦場の真ん中で迷っているような連中。かなり強く蹴り付けてやる必要がありますな」
景虎は、何か思いついたのか急に笑顔を見せた。
「そうだな。確かに強く蹴り付けてやる必要があるな。景持。直ちに鉄砲隊を3隊に分け、第1隊は上空に向けて同時射撃。続いて第2隊は奴等温井の連中の手前の地面を同時に狙い撃て、第3隊は温井の連中に狙いを定めて待機。こちらに攻め寄せてくるなら遠慮はいらん。討ち取れ。準備出来次第すぐさま撃て」
「はっ、直ちに」
甘粕景持は、直ちに上杉の軍勢に指示を出して準備にかかった。
そして、温井勢に向かって上杉家陣営から大量の鉄砲による威嚇射撃が行われた。
能登畠山家畠山義綱は信じられない光景を目にしていた。
「上杉家の財力はどれほどなのだ。畠山家で10挺ほどしかない鉄砲をあれだけ大量に用意して、しかも実戦で運用している。使うための火薬も大量に必要なはず。さらに、裏切ろうとしていた温井を嵌めて、一揆勢と戦うように脅しとしても使っている」
畠山義綱の側近である
「とても我らの敵う相手では有りません。あれでも、まだ上杉家の力の一端でしょう」
「あれだけの数の鉄砲だ。まともにぶつかれば勝つ事は無理だ。上杉の陣営にまで辿り着けんぞ。皆鉄砲で討ち取られ骸を戦場に晒すだけの戦いとなる」
畠山義綱は温井勢が砦に向かっている姿を見ていた。
「あの傲慢不遜を絵に描いたような男が、一揆勢と戦わなくては行けないところに追い込まれて、砦に向かって狂ったように走っているぞ」
「あの傲慢の塊のような男が、あそこまで必死の形相を見せるとは思いませんでした」
鬼気迫る必死の形相で槍を手に馬を走らせる温井総貞の姿が見えていた。
やがて、温井総貞率いる温井勢と砦に立て籠る加賀一向一揆による激しい戦いが始まった。
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