第225話 猿芝居
天文24年(1555年)4月末
朝倉宗滴は1万8千の軍勢を率いて加賀一向一揆の討伐を掲げて加賀への進軍を開始した。
そして、朝倉宗滴に呼応して上杉勢も2万の軍勢を率いて越中から加賀に向かって進軍を開始した。
上杉の総大将は上杉景虎である。
義の旗を掲げて、甘粕景持と鬼小島弥太郎らが上杉景虎の脇を固める。
国境を越えたところで一度進軍を止め休息を取っていた。そこに家臣からの報告が入った。
「能登畠山家温井総貞殿が御目通りを願っております」
「分かった。通せ」
家臣が下がっていく。
「いよいよ来たか。兄上の話の通りならば、どんな猿芝居を見せてくれるか楽しみだ」
不敵な笑みを浮かべる上杉景虎であった。
暫くすると1人の男が入ってきた。
「能登畠山家の温井総貞と申します」
温井総貞と名乗った男は、景虎の顔をまともに見ようとせず、視線を落としたままであった。
「此度は何事ですかな」
「能登畠山家は、上杉様の加賀討伐にお味方したいと考えております」
「ほ〜、それは心強い限り、どの程度兵を出していただけるのですか」
「畠山義綱様を大将に総勢1万でございます」
「それはそれは、能登畠山家の意気込みを感じますな」
「上杉様はいつ金沢御坊に攻めかかられますか、我らもそれに合わせたいと考えております」
「ならば3日後、日の出てと共に攻めかかることでいかがです」
「我らは問題ございません。3日後の件は、承知いたしました」
温井総貞は、景虎と一度も視線を合わせることもなく、下がっていこうとしていた。
「温井殿、暫く待たれよ」
景虎が帰ろうとする温井総貞を引き留める。
「如何されました」
「戦の役割を決めねばなりません。金沢御坊を攻める前に、ぜひ、能登畠山家にはこの先にある一向一揆が作った砦を攻め落としていただきたい。砦は2千5百ほど詰めているようです。武で鳴らした能登畠山家なら造作もないことでしょう。温井殿ほどの武将ならば簡単でしょう」
にこやかな笑顔を見せる景虎。
その言葉に慌てふためく温井総貞。
「エッ・・い・・いや・それは上杉殿であれば、我らの力なぞ必要ないでしょう。上杉殿の邪魔になってはいけませんし・・」
「ハハハハ・・・そう言われなくとも良いではありませんか、この先も共闘していくには必要なこと。ぜひ、温井殿の手で一揆を蹴散らしていただきたい。能登畠山家中で筆頭とも呼び声の高い温井殿にしてみたら簡単でしょう」
「い・・いや・・・ですが」
「おや、何か不都合でも。それとも一向一揆と戦えない理由でもございますかな?まさか一向一揆が怖いとでも・・・それとも他に戦えぬ理由が・・」
温井総貞の顔に玉のような汗が浮かんでいる。
「い・・いや・・そのようなことは」
「ならば、砦の件はお頼みしますぞ」
「は・・・はぁ・・」
「温井殿。暑くも無いのにひどい汗をかいておられる。どこか体が悪いのではありませぬか」
景虎が温井総貞の顔を覗き込むようにして声をかけた。
「そ・・そういえば、今朝から少し体調が悪ようだ。砦の事は承知した。これにて失礼する」
逃げるように温井総貞は帰って行った。
「フフフフ・・・さて、逃げられぬようにもう一押しをしておくか」
景虎は笑みを浮かべていた。
畠山義綱の本陣
温井総貞は、急遽一揆側と前後策を協議してから畠山家本陣に戻ってきた。
砦は家中で敵対的な者を砦攻めに当てて潰す。もしくは当主義綱を砦攻めに当ててどさくさに紛れて殺すことも考えて一揆側と話をまとめていた。
畠山陣営に戻り次第、砦攻めを進言して自らは後方に回ることで、畠山陣営内の話をまとめるつもりであった。
本陣に入る前に深呼吸して自らを落ち着かせ、本陣内へと入っていく。
「総貞、遅かったな」
能登畠山家当主畠山義綱は、畠山家本陣に戻ってきた温井総貞に声をかけた。
「遅くなり申し訳ございません」
「先ほど、上杉殿の使者が来られた」
「えっ・・上杉の使者でございますか」
驚きのあまり思わず声を上げてしまった温井総貞。
その様子を見ながら口元に笑みを浮かべ頷く畠山義綱。
「いや〜見直したぞ。上杉家の使者の方が言っていたぞ。総貞が自ら先陣を切って、一向一揆の砦を蹴散らしてくれるそうではないか。上杉景虎殿がお主のやる気をとても誉めておられたそうだぞ。さすがは能登畠山家の筆頭、家臣の鏡、武士の鏡だと言っておられたそうだ。儂も鼻が高いぞ。ハハハハ・・・」
「えっ・・」
「久しぶりにお主の武勇をじっくりと見ることができそうだ。実に誇らしいものだ。能登畠山家重臣筆頭としてのその決意に儂は大いに感動した。さすがは畠山家重臣筆頭だ」
「いや・・ですが・・そ・それは」
「上杉家の使者の方が大き声で話しておられたため、お主の決意を家中の者達に知れ渡ってしまったから、家中の者達はお主に注目しているぞ。頼むぞ」
周囲を見渡すと、周囲の家中の者達は温井総貞を真っ直ぐに見つめている。
足軽農民兵までもが温井総貞に注目していた。
温井総貞は背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
「いや、ですがここは畠山家当主であられる義綱様が一揆勢の砦を攻められた方が士気が上がるというもの」
どうにかして砦攻めに加わらないように畠山義綱に砦攻めを振ってみた。
「ハハハハ・・・総貞。儂は家臣の手柄を横取りするような真似はせんぞ。そんな狭い心の男では無い。構わんから思う存分手柄を立てるがいい。天下に温井の名を轟かせるが良い。子々孫々までの誉となるぞ」
温井総貞は、あまりの急展開に呆然としていた。
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