第224話 慧眼の士
三好長慶は、上杉晴景の情報収集力に驚くしかなかった。
遠く加賀の地での出来事を翌日には入手。
加賀国での本願寺側の動きを完全に掌握していた。
上杉晴景の下には、自らが抱える忍びである軒猿衆からの幾つもの報告書が届いていた。
そして、それらの報告書のひとつひとつに目を通している。
「本願寺は、七里頼周と下間頼照を加賀一向一揆の大将として送り込んだようだ」
二条城の中で庭園の見える部屋で障子を開け放った状態で報告書に目をとしている上杉晴景。
庭には、籠城に備え多くの実をつける木々が植えられている。
「聞かぬ名ですな」
三好長慶は、本願寺が送り込んだ2人に関して素直に思った事を口にする。
「若手の中で能力的に将来への期待が高い者であろう。だが、朝廷と将軍家からの圧力が徐々に効いてきているようだ」
「ですが、加賀から手を引くとは思えません」
「加賀からは手を引かぬと、鎮永如殿が本願寺内で檄を飛ばしたそうだ」
「本願寺11世顕如の祖母で顕如の後見人でしたな」
三好長慶は、上杉晴景の言葉に返答しながらも内心は驚いていた。
上杉晴景がここ二条城に居ながらにして、本願寺内部の情報まで手に入れている。
本願寺内部での話は外部に漏れることまずは有り得ないにも関わらず、有り得ないことが目の前で起きていることに驚いていた。
「幕府と朝廷から一揆に関して釘を刺され、それでも一揆を諦めることができん。本願寺は一揆での成功体験から抜け出せん」
「人である以上は変わることはできんでしょう」
「一揆に関して釘を刺されてそれでも一揆を動かすのだ。朝廷の心象は悪くなるだろう。これで門跡は遠のくことになる」
「これも計算のうちですか」
「朝廷に現状を正しく認識していただいただけだ。そして、本願寺側は成功体験から抜け出せんから当然反発する。当然の結果だ。それと、儂と朝倉宗滴殿が会ったことは多くの者が知るところだ。そのことを金沢御坊を経由して本願寺に噂として流すものもいる」
「まさか我らの周りにそのような者が」
「松永殿が色々動いたようだ」
「申し訳ございません。直ちに松永めに」
三好長慶は慌てて頭を下げる。
「その必要は無い内。知らぬ顔で放っておけ。色々面白い動きをする。それをこちらで利用しているから放っておいて良い」
「ですが・・・」
「かまわん」
「承知しました」
自分でさえ知らぬ松永の動きまでも掴んでさらに泳がせている。
三好長慶は、背中に冷たい嫌な汗が流れることを感じていた。
「本願寺側は、加賀に人を送り込んだことで、やっと自分達の置かれている状況が分かってきたようだ」
「それは一体・・・」
「一揆に昔ほど人が集まらん」
「エッ・・・一揆に人が集まらない・・・」
「一向一揆の強みは、その数と死人の如き兵にある事は分かるな」
「はい」
「なぜ、大名の持つ兵数を上回る数を集め、死人の如き働きをすると思う」
「・・・・・」
「信仰もあるが、その強さは持たざる者の捨て身の強さにある。ならば、捨て身になれぬようにすれば良い。精神修養を積んだ一部のものは別だが、ほとんどのものはそのような修養を積んだ訳では無い。生きることに疲れ、食べることに事欠くことから始まり、仏を隠れ蓑に乱取りをしていた足軽たちの集まりにすぎん」
「・・・・・」
「上杉家で越中を掌握した十数年前から、加賀に対する策は既に始まっている。刀や槍・弓矢を使うこと無く内側から侵食していく。気がついた時には既に手遅れ。内部での不協和音はもはや隠せないところまで来ている」
「一体何をされたのです」
「フッ・・・ただ単に領民達に人を害することなく豊かに生きる道を示してやっただけ。そして、僧侶達は一枚岩では無い。一枚岩でなければ内側からの侵食には弱いものだ。今頃は、責任をなすり付け合いお互いにいがみあっている事だろう」
「加賀の一揆で内部対立が起きているのですか、如何すればそのようなことに」
「皆それぞれ目指す目的により主義主張は異なる。そこを突いて周囲を少しずつあおり、おだててやれば勝手にいがみ合う。年貢も徴収しなくては加賀国を治めていく事はできん。収穫量を誤認させ少し多く年貢を集めさせる。農民達には、余分に集めた分をみな懐に入れていると、徐々に思い込ませていく。やがてその不信感は拭い切れないほどに高まっていくことになる」
「恐ろしいことですな・・・」
上杉晴景は、別の報告書を1枚開く。
「ほ〜、加賀の一揆勢は面白い手を使おうとしているな」
「どのようなことで」
「能登畠山家の重臣である温井を引き込んだようだ」
「あまり良い噂を聞かぬ人物でしたな。確か能登畠山家で権勢を奮っているとか」
「越中を温井にくれてやる事を条件にしたようだ」
上杉晴景の話を聞いて呆れたように答える三好長慶。
「如何すればそんな中身のない約束をお互いに結べるのです。実現する可能性は極めて低い。いや、まず無理でしょう」
「一揆を動かせれば、どうにでもなると考えているのだろう。甘いことだ」
庭からの緩やかな風を受けながら、加賀国一向一揆に対するさらなる手立てを考える上杉晴景であった。
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