第223話 金沢御坊の策

七里頼周しちりよりちか下間頼照しもまらいしょうの2人は歳が近く、三十後半であった。関係も良く、揃って金沢御坊に入っていた。

2人揃って金沢御坊の僧侶から周辺の情勢を聞いていた。

「金沢御坊で一揆勢を集めようとしても集まらぬだと」

七里頼周は金沢御坊の僧からの説明に驚いていた。

本願寺の後ろ盾で一揆勢が加賀を抑えているにもかかわらず、協力しない者たちが多数いる事が信じられなかった。

「さらに申しますとこの加賀を捨て、越中に移り住むものたちが増えております」

「それは一体・・・何故だ。何が起きている」

七里頼周は、金沢御坊からの説明に納得できず困惑していた。

「越中農民たちの暮らし向きがかなり良いらしく、それを知った者たちが越中に移り住み始めたようです」

「いや・・なぜ越中なのだ。ここは我らの門徒の国。大名がいない国。農民たちの暮らし向きは悪くないはずだろう。違うのか」

「上杉領内では、かなりの勢いで新田開発が進んでおります。移り住んだ者たちには、一定の条件に達すれば田畑が無料でもらえるようです。さらに医術や薬も他のところより進んでおり、貧しいものは無料で医師の手当を受けられることも一因のようです」

「そんな・・簡単に田畑がもらえるなどとは・・・」

「それだけではございません。上杉領内では、誰でも物の売り買いが自由にできる楽市楽座と呼ばれる政策が行われ、定期的に誰でも自由に物の売り買いができるいちが開かれ、多くの領民が物の売り買いに関わり皆利益を得ていると聞いております。それも大きな原因かも知れませぬ」

「そんなことがあり得るのか・・・多くの座から苦情が出るはずであろう」

座とは、簡単に言えば独占的な商売の組合のようなものである。

上杉領内では、徐々に楽市楽座の政策を進めており、多くの地域で商売の活性化が起きていた。

「ですが事実でございます。多くの者たちが越中に移り住み田畑を貰えております。特に若者はどんどん上杉領内に移住しております」

七里頼周らは、いまだに理解できないでいた。

「なぜ越中なのだ。なぜ上杉なのだ。ここは我らの楽土。違うのか・・・」

強い口調に誰もが無言となってしまう。

「ならば、何人集められるのだ」

「加賀北部であるこの金沢御坊周辺で・・・・・5千ほど」

「はっ・・?何を寝ぼけたことを言っている。昔は、越中・加賀で30万の一揆勢を集めたのだぞ。加賀北部だけとは言え、5千は少なすぎるであろう」

「おそらく、実際に招集をかけてもほぼ変わらないかと思います」

この場にいる一同は、想像をはるかに超える悪さに驚きを隠すことができないでいた。

「ならば朝倉との国境がある加賀の南側は・・・」

「約3万ほどかと・・・」

こちらも想像よりもはるかに少ない数に思わず顔を歪める。

「七里殿」

ずっと無言でいた下間頼照が口を開く。

「金沢御坊の者たちは我らよりも加賀の現状を分かっているのだ。金沢御坊の者たちが言うのならば、そうなのだろう。その上でどうするかだ」

「数の優位はもはや無いぞ」

「ならば、能登畠山をこちらに抱き込む」

「重臣である畠山七人衆が専横の限りを尽くしていると評判の能登畠山か・・・」

「だからこそ使えるのです」

「どう抱き込むのだ」

「重臣筆頭の温井総貞ぬくいふささだはかなりの野心家。能登畠山家当主の畠山義綱は能登畠山家の勢いを取り戻したいと常日頃考えている様子。ならば、上杉が加賀に出てきたら背後から上杉を襲って貰えばいいのでは」

「畠山義綱は我らに手を貸すことはないだろう」

「温井に豊かな越中を手に入れ、越中に君臨できると言ってやればいい。野心家である温井にとって魅惑的な話であろう。能登は動けばよし。動かなければ我らで戦い。無理ならば一度本願寺に引き、時期を待つしか無いだろう」

「う〜ん。それしかないか・・・」



能登畠山家重臣である温井総貞ぬくいふささだは、金沢御坊からの来客に驚いていた。

温井総貞の下を訪れたのは、下間頼照であった。

「下間殿と申したか、この温井総貞に何を求めている」

胡散臭そうに目を細め、下間頼照を見つめる。

「単刀直入に申しましょう。我らと手を組みませんか」

一瞬、目を大きく見開き暫し無言となる温井総貞。

「・・・・・なぜ、我らが一揆勢に手を貸さねばならん。話す相手が違うであろう。本願寺に泣きつけばいいではないか」

「それは簡単な話ですが、それはいわば最後の手段。我らはやれる事を精一杯やるのみ」

「フン。だいたい我らに何の得も無いではないか」

「越中が手に入るかもしないとしたらどうです」

「・・・・・」

温井総貞の目が厳しいものに変わる。

「元々越中は畠山家が守護であったはず。それが今や上杉家の領地」

「畠山家で取り返せと言いたいのか、そんなことを貴様らに言われる筋合いではない」

「いえいえ、温井様が切り取り手に入れたらどうです。我らと手を組めばその可能性が出てきます。それとも、この先も一生無能な能登畠山家に、単なる重臣として仕えるのですか。重臣はどこまで行っても重臣。どんなに権勢を誇ろうとも、畠山義綱はたけやまよしつなを超える権勢を持とうとも主人にはなれません。あくまでも畠山の家臣。それで満足ですか」

「何を企んでいる」

「仏に仕える身に企むなどとは、ハハハハ・・・。温井様。武士として生を受けたなら一国を手に入れることに賭けてみてもいいのではありませんか」

「儂に何をしろと言うのだ」

「年明けの春にでも朝倉家と上杉家が動きます。上杉の味方のフリをして、背後から上杉を討っていただきたい。そしてその勢いで越中を切りとられよ。越中切り取りには我らも手を貸しましょう」

「フフフフ・・・。貴様ら、その考えはとても仏に仕える者とは思えんな。だが、いいだろう、手を貸してやろう。高くつくぞ」

「フフフフ・・・よろしくお願いいたしますぞ」

2人の忍び笑いだけが広間に響いていくのであった。

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