第221話 それぞれの思惑

近江国観音寺城

朝倉宗滴と上杉晴景が接触したことは六角義賢の耳に入ってきた。

報告をしているのは、六角家が抱える甲賀53家筆頭である望月吉棟。

望月家は六角家が抱える甲賀忍者の中でも特に六角家の信任が厚く甲賀衆筆頭と呼ばれていた。

「朝倉家が上杉晴景に接触してきただと」

不機嫌そうな表情をする六角義賢。

「京の大通りで上杉の名を語る婆娑羅者たちと揉めていた朝倉宗滴殿を見つけ、上杉の名を語る偽物どものうち一人を斬り捨て。その後、宗滴殿と共に二条城へと向かったそうでございます」

「朝倉家は上杉と手を組むのか。しかも二条城か・・・我ら六角でさえ京に城を置くことを認められないにも関わらず上杉には認めるか。朝倉宗滴の目的はなんだ」

「二条城は警護が厳しく手の者が入り込めません」

「上杉には甲賀も雇われているのだろう」

「その者達はこちらの問いかけには一切答えませぬ。忍びは雇われている以上は雇い主のことは漏らさぬのは当たり前でございます」

「・・今になって朝倉か」

そこに六角氏守護代である蒲生定秀が声を上げる。

蒲生貞秀は、六角家中においては宿老でありながら主である六角義賢を上回る権勢を得ていた。

長年六角家に仕え、さらに力に裏打ちされた自信からなのか、落ち着いていた。

「義賢様」

「定秀かどうした」

「朝倉宗滴殿が動くとしたら、加賀しかありませぬ」

「加賀の一向一揆か」

「朝倉宗滴殿にとっては宿敵とも言える相手。長いこと決着をつけることができずここまで来ております。宗滴殿は決着をつけるつもりで上杉に会ったのではありませんか」

「簡単に決着のつく相手ではないぞ」

「上杉晴景殿は、越中の一向一揆を完全に抑えこみ手懐けてしまっております。そのため、上杉晴景殿に会ったのではありませんか」

「確かに越中を完全に抑え込んでいるな」

「義賢様。それほど上杉晴景が目障りならば如何致します。いっそのこと戦いますか」

「現状、我らの力では難しいぞ」

「ならば、本願寺を使いますか」

「馬鹿なことを言うな。昔、この畿内で起きたことを忘れたのか」

享禄5年(1532年)に細川晴元が畠山義堯と三好元長討伐に本願寺に協力を要請。

武家の争いに本願寺が本格的に参戦する事態を引き起こした。

一向一揆は途中から本願寺の指示を完全に無視して暴走。

関係無い寺社を次々に襲い始め、多くの寺院の伽藍を燃やし尽くし、奈良の春日大社では略奪の限りを尽くし、春日大社の鹿を1匹残らず食らいつくし、春日大社の鹿を全滅させていた。

畿内を暴れ回った一向一揆が治まるのに天文5年(1536年)までかかっていた。

「定秀。あの悪夢を我らが起こすわけにはいかん。我らは本願寺とは相容れん」

「ならば、上杉晴景殿とは事を構えるような危険な真似はおやめになることです」

蒲生定秀は冷静に状況を考え、六角義賢に進言する。

「・・・分かっている・・」

六角義賢は苦々しげな表情を浮かべる。

「降り掛かる火の粉ならば振り払わねばなりません。しかし、こちらから事を構えるような真似だけはおやめください」

「分かっている!」

六角義賢は、蒲生定秀に強く出ることができないばかりか、さらに釘を刺されることになる。

上杉晴景と争うような事態は、不味いと分かっているが、松永久秀の言葉が棘のように心に刺さり、上杉晴景の動きのひとつひとつがイラつく原因となっていた。



松永久秀は、京の大通りでの上杉家家臣を語る者達が成敗された現場にいた。

その場にいたため朝倉宗滴が上杉晴景を訪ねてきたことも知っている。

しかし、一行と共に二条城に入ったが、上杉晴景と朝倉宗滴は二人きりで会談に臨んだため、何を話し合ったのか分からないでいた。

上杉流の産業政策や農業政策に関しての話を聞きにきたと言われているが、朝倉宗滴がわざわざそのためだけに来たとは考えられないと考えていた。

「父上。何をそんなに考え込んでいられるのですか」

松永久通は父の久秀が腕を組んだまま考え込んでいる姿を見て思わず声をかけた。

「朝倉宗滴殿のことだ」

「京の大通りで大騒ぎだったそうで」

「それ事態は大したことでは無い。朝倉宗滴殿が京にまで来て上杉晴景殿に会った目的が何なのかだ」

「上杉晴景殿の産業政策や農業政策を知るためと聞いておりますが」

「それもあるだろうが、それだけならわざわざ朝倉宗滴殿が来る必要は無いはずだ」

「朝倉家で宗滴殿が危機感を覚えるほどの事が何かありましたかね」

「宗滴殿が危機感を覚える出来事か・・・」

「もしくは不倶戴天の敵がいて、朝倉家では抑えきれないとか。ですが、近頃はそんな話は聞いたことがないですよ」

松永久秀は、久通の言葉に考え込む。

「不倶戴天の敵・・・ひとつある」

「何がです」

「宗滴殿の不倶戴天の敵がひとつあるぞ」

「宗滴殿にその様な敵がいるのですか」

「加賀一向一揆だ」

「一向一揆ですか」

「そうだ。宗滴殿にとっての不倶戴天の敵こそ、加賀の一向一揆だ。加賀一向一揆の坊官どもからしても宗滴殿は不倶戴天の敵。お互いに相容れない関係だ。なるほど、宗滴殿は上杉の力を借りる事を決断したのか」

「上杉でなくとも能登畠山家でも良いのではありませんか」

「能登畠山家は加賀一向一揆を打ち破る力は無い。だが、上杉晴景殿は越中で一向一揆を最小限の戦で抑え込み、それ以降一度も一揆を発生させていない。力ではなく政策により一揆を抑え込んでいる。その上、圧倒的な戦力を保持している」

「力では無く、政策でですか」

「そうだ。おそらく加賀一向一揆攻略にための意見交換か」

「ならば如何します。本願寺に情報を流しますか」

「いや、流石にそれは不味いな。もしも一向一揆が畿内で暴れられたら目も当てられん。奴らは一度暴れ始めたら止まることを知らん。暴れてもらうのはあくまでも加賀の地だ。金沢御坊に噂を流しておく程度にしておくか」

「噂ですか」

「茶人で付き合いのある僧侶を使い、金沢御坊に上杉が攻め寄せてくると噂を流しておくか」

ほくそ笑む松永久秀であった。

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