第220話 朝倉宗滴上洛
上杉晴景は、朝倉宗滴を伴い二条城の一室にいた。
「どうやら本物の朝倉宗滴とお分かりいただけた様ですな」
朝倉宗滴と名乗った僧と京の都の大通りで出合った。
その名を聞いたときは直ぐには信じられず、幕府奉公衆の中で朝倉家を知るもの達を呼び確認をしてもらった。
結果、間違いなく朝倉宗滴本人であることが分かった。
越前国朝倉家の政治、軍事の両方における大黒柱。
朝倉家にとって決して変えの効かない存在。
それが朝倉宗滴。
永年3年(1506年)の一向一揆との戦いである九頭竜川の戦いでは、一向一揆30万に対して朝倉勢約1万。その差、約30倍。
兵力30倍差をひっくり返して朝倉勢が勝利。
その時、朝倉勢を率いたのが29歳の朝倉宗滴であった。
大黒柱である宗滴が病で没すると十数年で朝倉家は滅んでしまう。
本来の歴史の通りなら、約1年後に宿敵である加賀一向一揆との戦いが始まり出陣。
陣中で病を発して一ヶ月ほどで死ぬことになる。
「なぜ、宗滴殿ほどの方が僅かな供回りだけでこの京の都に」
「上杉殿。儂は人々に言われるほどたいした武将ではござらん」
「そう言われてしまうと世の多くの凡将達の立場が無い。宗滴殿の前に宗滴無し、宗滴殿の後に宗滴無し。朝倉家にとってはまさに大黒柱」
「儂はただ単に人と時に恵まれただけ。今回は上杉晴景殿に会ってみたいと思ったから京にきたのだ」
「この晴景にですか」
「将軍家が上杉殿と縁を持つことで、戦乱に明け暮れた畿内が安定に向かって大きく動き出した。戦乱が絶えなかったこの地が変わり始めている。それをこの目で見ておきたかった」
「まだ、安定とまでは行かぬでしょう。しかし、将軍家にある程度力を持たせる事はできたと思います。将軍家がある程度力を持てば畿内は安定するはず」
「細川京兆家の領地を没収。将軍家直轄領としたことに対する不満は残っているのではないか」
「確かに、不満に思っているものはいるでしょう。ですが、将軍家がしっかり抑え込めれば、時が解決するでしょう」
「時が解決するか・・」
「宗滴殿。この京の都をご覧になりいかがでした」
「変わり始めている。人々の表情が違う。以前は、人々の表情に陰があった」
朝倉宗滴は昔を思い出すようにゆっくりと話す。
「人々の表情に陰ですか」
「そうだ。やむことの無い戦乱が人々の心を蝕むのだ。そして、人々の心が限界を越えるとそれは一揆へと繋がっていく」
「一揆ですか」
「そう遠く無いうちに、加賀の地に巣食うもの達との戦いが始まるであろう。その戦いに上杉殿の力を借りたい」
「我らの力ですか」
「越中では、見事なまでに一向一揆を抑え手懐けてみせた。大名家や国衆は、皆どこも一向一揆に苦しみ、自らに飛び火するかも知れぬと怯えているのだ」
「一揆を抑えるには圧倒的な武の力と同時に、こちらについた方が得だと思ってもらえるものを見せる必要がある。それがなくては、簡単には収まらん。そもそも、加賀の地が一向一揆の手に落ちたのは、当時加賀を治めていた富樫一族が8割をこえるとても重い年貢を課し、さらに一族内の権力争いに本願寺を呼び込んだのが原因」
「圧倒的な力と得・・・」
「今の越中では、実質的な年貢は約3割である。多くの土木作業や副業でかなりの額の銭による収入があるのだ。暮らし向きはかなり裕福のはず。そのため、加賀の一揆をやめて越中にくるもの達が多い」
上杉家の治める越中では、盛んに河川改修工事と新田開発を行っている。
さらに、直轄事業として高額で取引される生薬の栽培を始めており、それを漢方薬に作り替えかなりの売れ行きとなっていた。
上杉領内には多くの商人が店を構え、多くの物が日常的に売り買いされている。
銭があれば多くの物がすぐに手に入る。
越中の豊かさを見た加賀の一向一揆の者達の中から、徐々に家族を連れて越中に移り住むものが出てきた。
越中に移り住んだもの達が豊かな暮らしを手にしていることを知ると、越中に移り住む者達は徐々に増加している。
「加賀から越中にですか」
意外だと言わんばかりの表情をする朝倉宗滴。
「加賀北部はかなり我ら上杉の力が浸透してきている。我ら上杉との繋がりを手にすることで、豊かさを手にし始めている。加賀北部の者達は、我ら上杉と戦になれば豊かさを失うことになる戦はしたく無いだろう。ただし、金沢御房(金沢城)の者達は別だろうな」
「豊かさか・・・」
「実際に越中では、一揆をやめ上杉に従うことで領民は豊かになった。加賀北部の者達はそのことをよく知っている。問題は、金沢御房と加賀の南側だ」
「加賀の南側」
「ならば、もっと領民の引き抜きと一向一揆に否定的な浄土真宗別派の僧を送り込み、一向一揆を弱体化させるとするか」
晴景の言葉に驚く宗滴。
「そのようなことができるのか」
「問題無い。既に我が手の者たちが大量に入り込んでいる。加賀の北半分は既に我らの勢力圏。今の状態で金沢御坊がどんなに檄を飛ばそうが、金沢御坊周辺で一揆に加担するものはほぼいないだろう。いてもごく少数であろう」
「本当に可能なのか」
「1年ほど待てば今よりもさらに弱体化する。守りを固めその時を待てばよろしい」
「晴景殿。儂は今年で78歳となる。武将である以上、どこで骸を晒そうとも覚悟はできている。だが、朝倉家の多くの武将にその覚悟が無い。儂が死んだ後が心配なのだ」
「宗滴殿。あなたが有能すぎることが原因でもある」
「儂が有能なのが原因・・・?」
「戦も政も宗滴殿が一人いれば全て済んでしまう。それゆえ皆貴方を頼りにしてしまう。あなたに従っていればいいからだ。戦も政も人に任せ、経験を積ませるようにして、どうにもならない時に貴方が動かれた方が良い」
「・・だが・・・」
「その不安の原因の一つである一向一揆を叩いておきたいと思われているのですか」
静かに頷く宗滴。
「宗滴殿。以前の儂も宗滴殿のように全てに手を出していた。なかなか隠居させてくれん。そこで、上様に呼ばれたことを利用して京に常駐することで、領内の運営の全てをようやく弟に任せることができた。要は決断次第だ」
「その決断が難しいのですが・・・わかりました。備えを固めて時を待ちましょう」
「宗滴殿。この場で儂が話した内容は、秘密にして欲しい。家中の者であっても話さないで欲しい。内容がもれれば本願寺側が何をするか分からん」
「承知しました。この場での内容は、我が胸に秘めておきましょう」
朝倉宗滴は越前へと帰っていった。
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