第214話 大徳寺会談②
三好長慶は3千の兵を大徳寺から少し離れたところに待機させ、100人ほどを引き連れて大徳寺を訪れた。
「久秀。周囲に上杉の軍勢はいないか」
「家臣達の報告では、上杉の軍勢はまだ見えぬとのこと」
松永久秀の言葉に周囲を見渡しながら大徳寺へと進んでいく。
「我らが先に着いたと言うことか」
そこに大徳寺90
「三好長慶と申します。此度はご迷惑をお掛けする。上杉殿はまだお見えでないようだ」
「いえ、もう到着されております」
大林宗套の言葉に怪訝な顔をする。
「それは何かの間違いであろう。周辺には上杉の軍勢は一人も見えない」
「上杉晴景様は、10人でおいでになっております」
「はっ・・・10人と聞こえたが、儂の聞き間違いか」
「いえ、10人で間違いございません」
「それはありえん。何かの間違いだろう」
「事実でございます。既に大仙院にてお待ちになっておられます」
大林宗套はにこやな笑顔を見せている。
「いつ戦となっておかしくない相手にわずか10人はありえんだろう」
「三好様。彼の方を一般の物差しで押しはかることはお辞めになるべきかと」
「それは如何なることでしょうか」
「言葉にするは難しいですが、もしも彼の方が大徳寺の僧ならすぐにでも私の後を託したいと思わせる方ですな。将来、もしも武士に飽きたらいつでも大徳寺を任せる故、おいでくださる様に声をけておきました」
三好長慶は、大林宗套の言葉に驚いていた。
「大徳寺90世の高僧にそこまで言わせるとは・・・・」
「如何いたします」
松永久秀が剣呑な雰囲気を見せる。
「何をだ」
「相手はわずか10人ですぞ。簡単ではありませんか」
松永久秀の言葉に驚き、松永久秀の顔を見る。
「久秀。お前は儂を天下の笑い物にするつもりか。確かにやればできるだろう。その代わり、失うものが大きすぎる。我らは子々孫々に至るまで笑い物になる。三好長慶と言う男は、自ら仕え、そして憎んできた細川晴元と、結局は同じであることを天下に晒すことになるのだ。奴と同じと思われることはできん。向こうが10人ならば、我らも10人のみで向かう」
「申し訳ございません。差し出がましいことを申してしまいました」
「良い。言った通りこの先は10人のみで向かう」
三好長慶の一行は10人で大徳寺に入っていった。
三好長慶は上杉晴景という人物について考え続けて、周囲の木々や石畳に関心が向いていない。
大仙院に着いても枯山水の庭にも無関心であった。
その様子を見ていた大林宗套は、三好長慶に声をかける。
「三好様」
「如何された」
「今の三好様は、周囲がまるで見えておりません」
「見えていないとは」
「ご自分の考えに閉じこもり周りがまるで見えておりません。上杉晴景様とは真逆でございます」
「そ・・それは如何なることで」
「上杉晴景様は、常に自然体でございました」
「自然体」
「はい、あるがままにものごとを見ておられます。木々の葉の青さに感動し、苔むす石畳に感動し、枯山水に魂が震えるのです」
「それはごく普通ではないか」
「人というものは物事をあるがままに見ることが出来ないもの。ほとんどの者達は、目には見ていても魂には見えておらず、上辺は感動している様でも魂は感動せずなのです。彼の方は、生も死も表裏一体と考えておられる様で、死は天命であり、死すべき時ならば堂々と死んでいくことを常に思っていらっしゃると言っておられました。拙僧の目にもそのように写りました」
「死すべきときは堂々とですか・・・」
「はい。三好様はもっと心と魂を自由になされませ」
大林宗套はそれだけ言うとどんどん先に進んでいく。
一行は方丈の庭の縁側に出る。
そこは白一色の世界であった。
白砂が一面に敷き詰められ、一対の白砂の山がある庭。
白砂を海や水の流れに見立て、そこに刻まれた模様が水の流れと波そして渦を表している。
三好長慶のいるところから少し先の縁側に座りその白砂を見つめる男がいた。
そこには間違いなく一人の男が座っているのに、その男がまるでこの枯山水の庭と一体となっているかのような、この枯山水の庭の一部になってしまっているかの様な、そんな錯覚を覚えさせる不思議な光景。
三好長慶は思った。この男が上杉晴景だと。
全ての者達が白い世界に魅入られて動きを止め、時が止まってしまったかのような中、三好長慶だけが上杉晴景に引き寄せられかのようにゆっくりと前に進み、上杉晴景の手前に座る。
そして、自然に両手を縁側の床につけ頭を下げていた。
三好長慶は、それが当然であるかのように自然の振る舞いの様に。
「三好長慶と申します」
上杉晴景はゆっくりと横を向いて破顔一笑の笑顔を見せる。
「上杉晴景である。よう参られた」
三好長慶は、誰もが緊張の糸が張り詰める会談に望むにあたり、これほどの笑顔を自然に見せる上杉晴景という男に内心驚いていた。
同時に、これが瞬く間に10カ国以上を従え家臣達を心酔させ、禅僧を唸らせる男であることを認めるしかなかった。そして、武将としての格が違うのだと思うのであった。
「宗套殿、茶を振舞ってくれんか」
上杉晴景が大林宗套に声をかけた。
「承知いたしました。すぐに用意いたします」
すぐさま茶の湯の道具が用意がされ、大林宗套が茶を点てていく。
点てられた茶を飲む様は、作法を無視しているが実に様になっている。
そこに嫌味や傲慢さはなく、その所作が元々の作法であるかのように思えるほど自然である。
「長慶殿」
「はっ」
「上様はお主と戦をするつもりは無い。だが、将軍家をある程度強くせねが畿内での戦乱は治らん。摂津国も将軍家直轄となるが、摂津国守護代は長慶殿になり、三好家は将軍家の家臣となる。ここらが落とし所であろう」
「全て承知いたしました。ただ、二つお願いしたいことがございます」
「申してみよ」
「摂津守護代は、嫡男慶興にしていただきたい」
「分かった。上様には掛け合おう。お主はどうするのだ」
「それは、もうひとつの願いになります」
「分かった。聞こう」
「三好長慶は、三好家当主を隠居して三好家当主は嫡男の慶興に譲り、その後は上杉晴景様の側衆としてお仕えさせていただきたい」
一瞬、この場が凍りついたように動きが止まる。
「待ってくれ、兄者」
「実休。何もいうな!」
「し・・しかし」
「ハハハハ・・・・・そう来るか。これは1本取られたな。成程、お主を上様の側衆にすればいずれまたぶつかり軋轢が生まれる。儂の側衆ならばそこは防げるか・・いいだろう。上様には儂から全て掛け合おう」
「ありがたき幸せ」
「大林宗套殿。大徳寺への入門の件は、まだしばらく先になりそうだ」
「それは残念でございますな。ですが、拙僧は気の長いほうですから、まだまだお待ちしておりますぞ」
「分かった。茶をもう一杯くれんか」
一行は、白砂の枯山水の庭を見ながら茶の湯を楽しむのであった。
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