第213話 大徳寺会談①

三好長慶は笑っていた。

「源氏長者とは・・こいつはやられたな。さらに、細川京兆家の領地を全て没収するか・・」

「兄者。笑い事では」

三好実休は、兄の三好長慶を嗜める。

「クククク・・・見事と言うしかあるまい。皆が忘れていた源氏長者の位を引っ張り出してきた。征夷大将軍に源氏長者が合わされば、源氏の・・・いや武家の頭領としての権威が備わることになる。さらに細川晴元亡き細川京兆家の領地を没収。反対するものは朝敵として討伐。子々孫々に至るまで朝敵と定めるか・・・ここまでの手は読めなかったな」

「既に朝廷からの綸旨を受けたことをしたためた将軍の御内書が、他の畿内の全ての大名と国衆にも出された様です」

「逆らうものはいないのか」

「兵を起こしたもの達はいますが・・・・・」

「どうした。どうせ上杉勢がそ奴らを殲滅したのであろう」

「そ・・それが・・上杉勢は、錦の御旗を掲げてそれを前面に出して戦に臨み、それを見た細川京兆家側は戦をする前に戦意を喪失。あっさりと蹴散らされ丹波国、山城国は将軍家直轄領となりました」

三好長慶の顔から笑いが失せる。

「厄介だな。上杉の武力に朝廷と幕府の権威が付くことになるとは・・・」

「次は、我らではありませぬか」

「順当に行けば、次は我らが押さえる摂津国であろう」

「如何いたします」

「まだ時間はある。没収した丹波国、山城国を取り込むために時間がかかるはずだ。だが、それほど時間がある訳でもない」

三好長慶はしばらく無言となり考え込んでいた。

右手に持つ扇子を盛んに開いたり閉じたりしている。

「久秀を呼べ」

別の部屋で控えていた松永久秀が呼ばれて来た。

「お呼びと聞きましたが」

「細川京兆家の所領没収の件は聞いたか」

「はっ、聞いております。反対するものは朝敵と見なすそうで、我らには何と言ってきているのです」

「我らには何も言って来ていない。御内書も届いていない」

険しい表情に変わる松永久秀。

「それは、なぜです・・」

「分からん。だが我らは試されているのかも知れん」

「我ら三好勢を試す?」

「この件は既に畿内中に広まっている。畿内の大名・国衆は我ら三好と上様の上杉勢の動きを息を凝らして見ている。その中で我らを見せしめに使うこともありえる。最悪、さらに厳しい条件を突きつけて叩く口実にするかもしれん」

「戦でございますか」

「戦は最後だ。だが、戦になったらおそらく我らは負ける。一方的に・・・」

「えっ、流石に一方的に負ける事は」

「この畿内で子々孫々朝敵と言われたら、どのほど兵が集まる。どれほど我らに力貸してくれる」

「そ・・それは・・・」

「我らが細川晴元を上杉にぶつけた手立てが、結果的に我らを苦しめることになっている。恐ろしい奴だ」

三好長慶はまだ右手の扇子を開いたり閉めたりを繰り返している。

「上杉晴景と直接会う。それ以外に無い。実休、久秀」

「「はっ」」

「至急、上杉晴景と会えるように手配せよ」

「「承知いたしました」」



上杉晴景はわずか10人ほどで大徳寺を訪れていた。

周囲の者達は、護衛が少なすぎると大反対であったが、反対を押し切りやって来た。

ここは、禅宗のひとつ、臨済宗大徳寺派の大本山。

応仁の乱で焼失したがトンチで有名な一休さんこと一休宗純により復興された寺だ。

「しかし、どれだけ広いのだ」

上杉晴景は、大徳寺の中を歩きながら広大な敷地に思わず呟く。

「ハハハ・・・拙僧もどれほど広いか分かりませぬ。しかし、この重要な会談に共回りをわずか10名とは驚きましたぞ」

上杉晴景の呟きに応える年老いた僧侶。

とても70歳を過ぎているとは思えぬ健脚ぶりでどんどん先に行く。

上杉晴景を案内するのは、大徳寺90世である大林宗套だいりんそうとう

大徳寺北派の法統を継ぐ人物である。

茶の湯に造詣が深く、大林宗套自身も茶人であり、多くの茶人達や堺の豪商とも縁のある人物。

天王寺屋の津田宗及とも付き合いがある人物だ。

「実は、上様からも家臣達からも大反対を喰らいました」

「それが普通でしょう」

「共回りは1人か2人いれば十分。10人でも多いと思っているくらいなのですが」

「はっ・・・いや、流石にそれは・・・」

「もしも三好長慶が儂を害するために何か仕掛けてくるなら、長慶はその程度の人物であり、儂の人を見る目がなかった。ただそれだけの事」

大林宗套は立ち止まり、上杉晴景の目を見つめてくる。

「これは剛毅なお方ですな。そのようなことを簡単に言ってしまわれる方は初めてです。これほど少ない人数で敵対している相手と会おうとは、命知らずと言われてしまうのではありませんか」

「人が死ぬときは、それが天命であり寿命なのです。どんなに多くの護衛がいても死ぬときは死にます。死ぬべきときでなければどんなに絶体絶命の時でも死なぬ。ただそれだけ。死すべき時がきたなら堂々と死んでいけば良いだけでしょう」

「ハハハハ・・・これは驚いた。晴景様は、まるで刀を腰に差した禅僧のようなお方ですな。もしも武士に飽きたら大徳寺においで下さい。いつでも歓迎いたしますぞ。晴景様なら拙僧の後、この大徳寺を託しても良いかと思います」

「ハハハ・・・その様なことは初めて言われました」

「共回りの方もかなりの方々のようで」

「なかり・・・とは」

「剣術の達人と呼ばれるかたを何人か見て来ました。共回りの方達からは似たように雰囲気を感じます故」

「皆はまだ修行中の身。ですが、そう言っていただくと皆嬉しいでしょう」

一行は再び、奥へと向かい歩き出す。

途中には、竹林が生い茂り、苔むした石畳があり、青紅葉の木々が生い茂る。

立ち並ぶ多くの石灯籠が大徳寺に対する人々の崇敬の念が感じられる。

やがてひとつの建物に入っていく。

「ここが大仙院でございます」

大林宗套の案内で入ると枯山水の庭園ある。

わずか30坪ほどの小さな庭の中で石と岩・白砂で蓬莱山から流れ出る水が海に流れ出るまでを全てを表現しているそうだ。

大林宗套に促され進んでいくとやがて一面白砂の庭が見えてきた。

方丈の庭に白砂が敷き詰められ、白砂で作られた一対の盛砂があるだけの庭。

余計な物を全て排除したとても簡素な作りだが目を奪われてしまう。

縁側の戸は全て開け放たれており、白砂の庭が見える部屋に入る。

「上杉晴景様、ここでしばらくお待ちください」

「承知した。面倒をかける」

しばらく、白砂一色の庭を見ながらで三好長慶を待つことにした。

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