第212話 上杉晴景入京

朝廷に根回しを行うことを考えていた松永久秀は、三好長慶の実弟であり京の三好軍を指揮している三好実休の下を訪れていた。

今後の根回しを相談するためであった。

三好実休は、兄である長慶を支える重要なブレーンであり、相談役でもある。

常に冷静に物事を見ており、穏やかな人物でもあった。

三好長慶の兄弟は、皆兄の苦労を見ているためか兄弟仲は良好であり、兄弟は皆長慶を支える重要な役割を果たしている。

「久秀殿。上杉勢1万5千。京の都に向けて移動を開始したそうだ」

「動きが早い。動き出すのはもう少し遅くなると見ていたのですが、上様はどちらに」

「上様も上杉勢に同行しているようだ」

「上様が別行動であれば、上様を確保してしまう手が打てたが、それは難しくなってしまった。上杉の軍勢と同行ですか・・・それにしても上杉の動きが早すぎる。これでは朝廷に十分な根回しができん」

松永久秀は、将軍足利義藤が別行動または東山霊山城にいるならば、そこを強襲して将軍の身柄を確保することを考えたが、上杉の軍勢に同行していると聞き、身柄確保を断念する事にした。

京の都には三好勢が同数の1万5千がいる。

「実休殿。どうされます。兵の数は互角」

「確かに数は互角だ。ここにいる兵が全て我らが本拠地である阿波から率いてきた兵であれば、いい戦いをすると思うが、ここにいる兵の内、阿波から率いてきた兵は半数以下。おそらく他は不利となれば一目散に逃げる」

「ならば如何にいたします」

「兄長慶からは、無理に戦わずに退いて良いと連絡が来ている。それに、数は不明だが、若狭国小浜に上杉の追加の軍勢が上陸を始めている」

「若狭ですか・・・ならば、若狭武田は上杉に付いたと」

若狭に上杉の兵が上陸を始めていると聞き驚く久秀。

「そうであろう。そうでなくては、軍勢の上陸を認めないだろう」

「丹後一色に続き、若狭武田が上杉に付くとは・・・京の北は既に上杉の勢力圏ですな」

「丹後から蝦夷までの海は、既に上杉水軍と上杉の同盟相手の出羽の安東水軍の勢力圏になっている。どちらも強力な水軍だ。海路を上杉と安東で牛耳っている以上は、若狭武田が拒めば自然と交易路から外され、重要な荷が入らなくなる。考えてみれば当然の結果か」

「ならば、退きますか」

「無駄に兵を損耗せずに退くこととする。たとえ弱兵であっても残しておけば使い道があるというもの。焦って戦い、無理に兵を減らす必要もない。上杉とはそのうちやり合う事になると思う。兄者は強かだ。名よりも実を取る」

三好実休と松永久秀は、戦を避けて摂津国まで退くことを決め、上杉と入れ替わるかのように引き上げていった。



京の都の治安は三好に代わり上杉勢が行うこととなった。

上杉晴景からは全軍に略奪行為は厳しく禁止されており、そのため上杉勢による略奪行為は一切発生していなかった。

支配者が変わると略奪行為がつきものであり、京の都では過去数え切れぬほど略奪行為や放火が行われていた。

軍律の厳しいと言われた大名家の軍勢であっても、必ずと言っていいほどに略奪行為が行われている。

新たに上杉の軍勢が京の都に入ってくることが知れ渡ったとき、京の都の者達は緊張感に包まれていたが、上杉勢による略奪行為や放火は一切行われなかった。

そして、上杉勢が京の都に入って1週間になるが、軍規はしっかり保たれておりいまだに略奪行為は発生していない。

そのことが京の都の領民達に安心感を与えていた。

上杉晴景は仮住まいとして室町御所の一室を与えられている。

将軍足利義藤は、毎日御所に行き天皇の側近と交渉を重ねていた。

「上杉様。上様がお戻りになりました。至急来てほしいとのこと」

将軍足利義藤の側近が晴景を呼びにきた。

促されるまま後について行く。

案内された部屋に入ると既に将軍足利義藤が待っていた。

上機嫌のように見える。

「ようやく朝廷との交渉がまとまった」

「それはようございました。内容をお聞きしても」

「まず、源氏長者は今月中に許される事になった。ただ、右大臣は正月明けになる。錦の御旗は使用許可が降りた。それと畿内の安定に従わぬものは朝敵で良いとのことだ」

「かなり領地を持っていかれたのではありませんか」

「最初半分寄越せと言われた時には呆れたぞ」

足利義藤は笑いながら交渉の経緯を話している。

「いきなり半分寄越せですか」

上杉晴景は、半分寄越せに少し驚いている。

「最終的には3割を少し切る程度でまとまった」

「その程度であればどうにかなるでしょう」

「それとまだあるぞ」

「まだあるのですか?」

「儂は、左近衛大将。お主は右近衛中将となる」

「上様、左近衛大将おめでとうございます。しかし、この晴景まで、なぜ・・・」

「お主は欲が無いな・・お主は何もいらんというが、何もせんわけにはいかんだろう、将軍としての面子もある」

「それで、右近衛中将ですか」

「その通りだ」

「わかりました。ありがたくお受けいたしいます」

「それと、この室町御所に近いところに上杉の平城を作ることを許す」

「それは助かります。早速築城に取り掛かりましょう。完成すれば守りがかなり楽になります」

「源氏長者と直轄領に関する布告を至急畿内の者たちと関係する国に行う事にする」

「承知しました。しばらく騒がしくなりそうですな」

将軍足利義藤と上杉晴景は対三好についてさらに協議を続ける事になった。

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